還暦祝い

還暦

先日、友人の還暦祝いをやった。会場は浅草にある「まつり湯」という、いわゆる健康ランドのような施設。なにせ今年の夏は、生命にかかわる危険な暑さ、だというからね。って、たしか昨年も同じようなことを言ってたような気もするが、ともかく、こうも暑けりゃ、酒を飲む前にひとっ風呂浴びて、汗を流して身も心もすっきりすれば、より美味い酒が飲めるってもんよ。というわけで、誰とは言わないがメンバーの中に酒好き風呂好きのしょうもないヤツがいて、あえて名を伏すが(といってもわかる方には丸わかりだけど)そいつの発案により、「まつり湯」で開催の運びとなった。

この「まつり湯」のような健康ランドは私も大好きで、離婚する前は家族で多いときは毎週のように通っていたものだが、そのほとんどは郊外というかロードサイドというか、つまり地価の安い地方にあって(私が昔通ったのも八王子や昭島だった。当時は杉並区に住んでいてクルマもあったから行きやすかった)、都心部では意外と少ない。

浅草 まつり湯の写真

たとえば、ここ数年私が夜勤明けによく行く(今年に入ってからは行ってないが)、鶯谷駅前の「ひだまりの湯」は、都内では恐らく最大級のスーパー銭湯だが、館内着なんかないし(タオルの貸出は有料)、一度風呂に入って出たら再度入り直しはできない。食事処はあるが、個室がないので宴会は不可。まあ、健康ランドとスーパー銭湯の違いだといえばそれまでだが。

その点、「まつり湯」は浅草という観光地にありながら、タオルと館内着の貸出有(料金に含まれる)、風呂やサウナに何度も出入り自由、垢すりやマッサージ等各種リラクゼーションに休憩室や仮眠室なども備え、食事処は結構広くてメニューも豊富、加えて宴会用の個室まであってカラオケまで楽しめる。つまり、都心部で観光地といういかにも地価が高そうな場所にあるにも関わらず、郊外型の健康ランドと比べてもなんら遜色のない、希少かつ貴重な施設である。

と、私は思っているのだが、そのわりにいつ行っても空いている。不思議なことに今まで一度たりとも、人が多くて混み合っていたことがない。まあ、さすがに観光客はここには来ないから、だろうけど、その空いている、というのも、今回の還暦祝いの会場に選んだ理由の1つである。

そしてもう1つ、ここを選んだ理由があって、それは料金が良心的ということ。もちろんスーパー銭湯と比べれば高いが、一日中でも過ごせる健康ランドとしては、私の感覚ではほぼ平均値。便利な都心に位置するのだから郊外型より割高でもしょうがないと思うのだが、しかし「まつり湯」の料金は私が以前行ったことがある健康ランドと大差ないし、ネットで平日割などのクーポンを使えば、むしろ郊外型より安いかも。

さらに、4900円、5900円、6900円の3コースがある「宴会プラン」(+1750円で飲み放題が付く)には入浴料もカラオケ代も含まれるから、超お得。今回は初めてだから試しに一番安い4900円コースにしたが、それでも十分満足だった。これはお勧めですぜ。

というわけで今回の「まつり湯」で開催された還暦祝い。じつはこの5月も別のメンバーの還暦祝いをやっており、今年に入って2回目の還暦祝いであった。しかしその5月の1回目はただ普通に小料理屋(なんとか茶屋という店で料理は美味しかった)に集まって、ただ飲んでしゃべって、それだけで終わったので、次やるときは何かしらの企画があったほうがいいだろう、と、例の酒好き風呂好きが足りない頭を絞った結果の「還暦祝いinまつり湯」、だったのだが、そしたら今度は逆に企画が盛り上がり過ぎて、お祝いもへったくれもなくなってしまった。つまり、簡単にいえば、ただのカラオケ大会になっちゃった、というわけである。

これは企画した本人も意外であった。というのは、今回の主賓も含めこの会のメンバーの中にはさほどのカラオケ好きはおらず、せっかくカラオケがあっても誰も歌わない、という事態も予測されたから。まあ、それならそれでもいいや、と思っていたのだが、蓋を開ければ、あらまっちゃん。参加人数こそ当初の予定よりずいぶん少なかった(みんな忙しいんだねえ)ものの、今回が初参加となるメンバーがいて、そいつが下手の横好き(貶してないです、褒めてます)というか、マイクを握ると離さないタイプ(誉め言葉のつもりです)で、そういう人が最初に歌ってくれれば、次が歌いやすくていいよねえ(だから皮肉じゃないですよ、座を盛り上げてくれて感謝してます、ほんとに)。

かくいう私自身、人のことをとやかく言えるほど歌が上手いわけもないのはもちろんのこと、ムードメーカーという柄でもないし、流行りの歌も知らない(古い歌しか歌えない)ので、先陣切って歌うのはちょっと抵抗があった。が、そんなもの軽く吹き飛ばし、音痴だろうが誰も聞いてなかろうが一切構わず、マイペースで変な歌を次から次へと繰り出すゴーイングマイウェイシンガー(しつこいようだけど、貶してないです、褒めてます)の出現により、私もかつてないほどリラックスして歌うことができた。今までカラオケでは歌ったことがなかった歌まで初めて歌えたぐらいである。いやあ、楽しかったなあ、思いがけなく。

かくして、2時間の予定だった宴会を時間延長してまで歌って終わった還暦祝い。という名のただのカラオケ大会。歌ってばかりで還暦に関する話はほとんどしなかったので、せめてここで、還暦についての話をしたい。といっても、誰でもネットで調べればすぐわかる程度の話しかできないのはいつものことなのでご容赦ください。

還暦とは、読んで字のごとく、暦(こよみ)が還(かえ)る、こと。暦は「十二支」(ね・うし・とら・う・たつ・み・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い)と「十干(じっかん)」(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)の組み合わせから成り、60年で一巡する。従って、自分の生まれ年の干支に戻る61年目(満年齢60歳)を元の暦に還る、すなわち「還暦」としたのが祝いの由来とされる。

十二支

暦が一巡して生まれた年に還る、ということは、生まれたばかりの赤ちゃんに戻る、という捉え方もできる。というと、ずいぶん無理やりこじつけのように聞こえるが、「本卦還り」とも呼ばれ、一種の生まれ直しである、と意義づけられているそうなので、まあ、信仰みたいなもんでしょう。

赤ちゃんに戻る、ということで、本来は赤ちゃんに着せるちゃんちゃんこを還暦の祝いに着る風習ができた、というのはわからなくもないが、なぜそのちゃんちゃんこが赤なのか、については、古来より赤い色には魔除けの力があるとされており、赤ん坊に赤い産着を着せる習慣があった、ということしか分からなかった。なんか、あんまり説得力がない気がしないでもないが、それ以上のことは調べても出てこなかったので、そもそもその程度の由来しかないのだろう。異論反論ありましたらどうぞ。

ちなみに今回の還暦祝いでは、ちゃんちゃんこではなく、“赤いふんどし”が贈られた。いうなれば、“還暦の赤ふん”である。いいねえ。私は還暦になっても欲しくないけどね。でも、贈られた方は皆の前でその赤ふん締めてみせて(館内着の上からだけど)、ポーズまでとって、ノリノリだったので、ぜひその写真をここで披露したい。のはヤマヤマだけど、一応、プライバシーや肖像権など問題になってもいけないので、残念ながら泣く泣く自重。代わりに商品写真を載せとくので、これで想像してください。

還暦祝いの赤ふんどしの写真

還暦の発祥は古代中国まで遡るが、日本ではじまったのは奈良時代。当時中国は隋、もしくは唐の時代だったと思うが、その隋か唐の長寿を祝う風習を取り入れ、貴族の間で広く行われるようになった。ただし、当初は「四十の賀」「五十の賀」といい、40歳と50歳を祝っていたらしい。その頃は40歳50歳で立派な長寿であった、ということだ。今なら60歳でも現役バリバリなのにねえ。

やがて「還暦」や「古希」などと呼び祝うようになったのは室町時代に入った頃から。以降、江戸時代には広く一般的に行われるようになった。ちなみに、「古希」の由来は、唐の詩人・杜甫の詩の一節「人生七十年古来稀なり」。なのでかつては「古希」ではなく、「古稀」と書くのが正しいとされていたが、70年以上生きるのが「稀」ではなくなった現在では、「古希」の字が多く用いられている、ということのようで。

以降、77歳は「喜寿」、80歳は「傘寿」、88歳は「米寿」、90歳は「卒寿」、99歳は「白寿」と、長寿の祝いは続くが、それぞれの由来などについての話は、それぞれのお祝いがあったときなどの機会に譲るとして、今回はこれにて。

元気な老人の写真

最後に一言だけ言わせてほしい。「還暦」が暦を一巡して生まれた年に還るのであれば、赤ちゃんに戻るのであれば、還暦の60歳は第二の人生の新たなスタート、と解釈していいのではないだろうか。人生の折り返し地点、と位置付け、人生の後半戦の再スタート、という定義でもいい。60歳が折り返しなら120歳まで生きないといけないことになるが、なに、人生100年時代の到来が目前に迫っているのが現代だ。120歳は無理としても、100歳ぐらいは当たり前に生きるだろう。だとすれば、60歳から100歳までの40年間を、老後だの余生だの寂しいことは言わず、第二の人生、あるいは、人生の後半戦、として捉え、第一の人生(人生の前半戦)以上に前向きに、アクティブに生きていくのがこれからの時代の我々世代の正しい生き方ではないか、と、まあ、えらい大袈裟な話になってしまったが、私は本気でそう思っている。還暦のことを色々調べているうちにますますその思いは強くなった。賛同していただける方、一緒に頑張りましょう。