やまと絵

地下鉄の駅で週2回、床の清掃の仕事をしている。正式名称は知らないが、我々は荷電水と呼んでいるアルカリ性の洗剤を床に撒いて、モップでまんべんなく塗り、その上からポリッシャーという機械をかける。ポリッシャーの先にはメラミンという円形のウレタンのようなものがついており、水を出しながら回転させることで床を磨く、という作業。かけた後はビチャビチャなので、その上からさらに自洗機(押して歩けば水を吸い込みながら洗浄もできる機械)をかけ、自洗機が入らないところはバキューム(掃除機)や吸水モップで水を吸い取り、仕上げのモップをかけて終了。

と、書くと、なんだか大変な作業のようだが、慣れてしまえばさほど重労働でもない。むしろ軽作業に分類されるかもしれない。まあそれぐらいの単純労働である。汗はたっぷりかくけどね。とくにポリッシャーを回すと。でも、それは、その駅は電車が走らない時間帯は冷房を切ってしまい、駅構内が冬でも半袖でいいぐらい暑いから、であって、作業自体は汗をかくほどではない。しかも、作業は終電が出た後から始発が来る前に終わらせなければいけないので、作業時間が短い、というのも良いところ。

作業開始前の準備の時間や、終了後の後片づけや洗濯などの時間を除いた実質労働時間は――いや、これは言わないでおこう。あんまり短いのがバレると困るかもしれないし。まあ、それぐらいの短時間労働だから、ギャラは普通でも時給に換算すれば相当効率が良い。

駅の構内

作業時間が短いから、というわけでもないだろうが、作業終了後、自洗機や掃除機を洗ったり、使ったモップやタオル(業界用語ではウエスという)を洗濯する人以外の、つまり手が空いた人は、駅構内のゴミ拾いをする。その駅は乗り換え駅でもあって、出口も四方八方に伸びているので、たかがゴミ拾いでも結構歩く。これがかったるいし面倒臭いしで、私はあまりやりたくはないので、いつも洗濯を買って出て、ゴミ拾いはあまりやらない。洗濯は洗濯機が使えてラクだからね。時々洗濯機が壊れて、洗濯の方が大変なときもあるけど。

とはいえ、ずーっとゴミ拾いから逃げてばかりもマズかろうと思い、たまにはオレが行くよ、といって歩き出したとある出勤日の作業後のゴミ拾いの途中、とあるポスターの前で足が止まった。ポスターでいいのかな?ほら、地下鉄の駅構内の壁やときには柱なんかによく貼ってある大きな宣伝物。ネオンで光るやつなんかもよく見かけるよね。あれを総称して何というのか知らないので、ここではわかりやすくポスターと称します。

その駅は都内でもお洒落な一等地とされる場所柄、駅構内も海外の一流ブランドのキャンペーンなどがしばしば展開され、キレイなモデルがオシャレな恰好して微笑んでいたりしている。コンサートなどのイベント告知も多い。私も作業しながらそうした宣伝物をよく見ていて、可愛いお姉ちゃんの笑顔に癒されたりしているが、そんなオシャレで華やかな世界を前に、我が身の薄汚れた作業着にモップとバケツを下げた姿を顧みては、そのあまりにも対照的なわかりやすいギャップに気が滅入る。私はどこで道を間違えたんだろう?

それはともかく、その日、ゴミ拾いで歩いていた私の目に止まったのは、「特別展 やまと絵 受け継がれる王朝の美」というもの。その駅はブランドのキャンペーンが多い一方、こうした博物館や美術館の開催告知など、芸術関係の宣伝物もよく掲載しているのだ。おお、これは、芸術の秋にうってつけではないか。

芸術の秋

そこで、ゴミ拾いなんぞほっぽり出して、そのポスターを凝視しだした私。「やまと絵」は、平安時代より発達した日本風の絵画で、中国風の絵画「唐絵(からえ)」に対する呼称。唐の故事・人物・物事・山水に主題をとった「唐絵」に対し、「やまと絵」は日本の故事・人物・物事・風景を主題としたもので、様式技法とは関係がない。

ただし、14世紀以降は絵画様式についての概念となり、水墨画など中国の新しい様式による絵画を「漢画(かんが)」と呼ぶのに対し、前代までの伝統的なスタイルに基づく作品を「やまと絵」と呼んだ。といった説明は後でチラシか何かを読んで知ったけど、難しいことはいいか。

とにかく、中国に由来する唐絵や漢画といった外来美術の理念や技法との交渉を繰り返しながら、独自の発展を遂げてきたのが「やまと絵」であり、四季の移ろい、季節折々の行事、花鳥風月、などなど、あらゆるテーマが描かれている。

そんな「やまと絵」の特別展では、重要文化財の「浜松図屏風」など、教科書や美術全集などでおなじみの作品約240件が一堂に集結。なんとそのうち7割超が国宝、重要文化財だというではないか。そりゃ見たいよね。

その中でも最大の見どころは、日本絵巻史上最高傑作とされる四大絵巻である「源氏物語絵巻」「信貴山縁起絵巻」「伴大納言絵巻」、そして「鳥獣戯画」が30年ぶりに集結すること。おお、これはすごい、千載一遇のチャンスだ、なんてコーフンした、というのはウソです。いうても私、そんな美術に詳しいわけでもないし、この4つの中では「鳥獣戯画」しか知らないし。

それでも、「鳥獣戯画」も知ってはいても実物は見たことがないので、実物を見ることができるなら、そのチャンスは逃したくない。こういうのって、知っているのと、実物を見たことがある、というのはまた違う、と思うから。ただし、本展の開催は12月までだが、この四大絵巻が揃うのは10月〇日まで。その日から数えてあと1週間ほどしかなかった。

ところが、である。幸運にも、その週末は土日が珍しく空いていた。いつもなら土曜か日曜のどちらかは大抵、掛け持ちしているもう1つの仕事である介護のシフトが入っているが、たまたま、まるで天の啓示のように(大げさか)、その週は土曜も日曜もまるまるオフだった。

というわけで、行ってきました、「特別展 やまと絵 受け継がれる王朝の美」。土曜は朝まで仕事で夜勤明けなので無理せず、日曜に満を持して。ただし、私1人だと、いざ行く段になって面倒臭くなり、結局行かない、ということもありうる(過去そういう前科が多々ある)ので、アラドラ会の同じく「鳥獣戯画」好きのメンバーを誘った。場所は東京国立博物館。私、今回初めて知ったけど、東京国立博物館って、上野公園内だけど、JR鶯谷駅のすぐ裏なんですね。

鶯谷駅近くなら自宅から歩いて行けるので、当日日曜、小雨降りそぼる中をテクテク歩いて、東京国立博物館へ。鶯谷駅からすぐ近くでも、そこから近い門は開いておらず、ぐるっと回って正門から入らなければならないので、思ったよりは遠かったが、念のためちょっと早めに出たのが功を奏し、予定より少し早めに到着。同行者はすでに着いて待っていた。気合入ってますねえ。

ちなみに、土日は当日チケットを販売しておらず、事前予約しないといけない。というが、インターネットで簡単に買えたので問題なし。と思っていたら、正門で当日チケットも売っていたみたい。なんだよ、わざわざ予約しなくてもよかったじゃん。って、そんなのはどうでもいいか。

で、どうだったか。いやあ、良かった。面白かった。行ってよかった。何が良かったって?いやいや、ここで感想や詳細を事細かに述べるのは差し控えます。だって、書き出したらまた長々と、ダラダラと文章垂れ流してキリがなくなるから。まあ、それを簡潔にまとめるのがプロのライターとしての腕の見せどころ、なんでしょうけど、御存じのように今の私は、ライターというよりはただの中年(いや、高年か)フリーターですからね。皆さんにおかれましては、是非ご自身で足を運んで、ご自分の眼で鑑賞してください。

ただ1つだけ言っておきたいのは、これこそが、積み重ねてきた人類の歴史の記録であり、綿々と受け継がれてきた文化の活写でもあり、人間の叡智、伝承、芸術の結晶だということ。たとえば、美しく荘厳な大自然を前にすると、人間ってちっぽけだなあ、と思いますよね?それがここでは逆に、その人間がいかに偉大か、という思いに至る。人間というものが生きてきた活動そのものに感動する。ただ、そのぶん、自分の小ささを思い知らされて辟易するんだけどね。でもまあ、そこまで思わせる展示会って、なかなかないんじゃないかなあ、と思います。とにかくおすすめですよ。

帰りはまた鶯谷駅まで戻り、駅の反対側のディープなゾーンで鶯谷飲み。あいにく日曜なので、かねがね鶯谷では一番行ってみたい、と思っていた店は休みだったが、それでも何軒かハシゴして、大いに飲んで食べて、楽しんだ。その話もまたいずれ機会があれば。ということで今回はこれにて。私にしては珍しく、芸術の秋、を満喫した、というお話でした。