謹賀新年

謹賀新年

明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年も宜しくお願い申し上げます。と、一応、型通りのご挨拶を済ませたところで、今年第一発目のブログをはじめよう、と思ったのだが、はっきり言って、新年にふさわしいネタが、なーんもないんだよねえ。困ったなあ。でも、まあ、とりあえず、ダラダラと、なんにもあてがないまま、書き進めていきます。最後までダラダラのままかもしれませんが、それはそれで、ご容赦ください。新年早々申し訳ない。

昨年末は、12月30日が木曜、31日が金曜だった。しかし、毎週木金に入る清掃の仕事は、年末の週だけは月火に前倒しして、30日と31日の大晦日は休みとなった。昨年もそうだったな。だったら、その空いた日に介護の仕事を入れれば、休みなく働けそうなもんだけど、こっちはこっちで、月ごとに組まれるシフトは毎月木金を外してもらっているから、急に働きたい、と言ってもそういうわけにはいかない。バイトといえども、意外と自由には働けないよねえ。結局、昨年末の29日、30日、31日は3連休とあいなった。

明けて正月からは介護の夜勤が入っており、今こうして夜勤中にこのブログを書いている。夜勤中に別の仕事をするなんて、けしからん、と思われそうだが、まあ、大目にみてください。そもそも、私のバイト先の関係者がこのブログを読むことは、まずないだろうけどね。

では、めったにない3連休をどう過ごしたのか、というと、まず、29日は一日中寝ていた。というのは、ほんとはこの日、娘と一緒にクリスマスと誕生日のプレゼント(2月生まれだけど強引にまとめて)を買いに行く予定だったが、娘が昼にバイトがあって遅くなるから、前日の28日にしたい、と言ってきた。しかし、28日は私は介護の夜勤明けで、その夜は清掃の夜勤である。つまり昼間寝ないと、丸2日間半、一睡もできないことになる。

これはさすがに不眠症気味の私でもかなり辛い。けど、しょうがない。滅多に会えない(といっても1、2ヶ月に1回くらいは会っているが)娘の都合に合わせて、夜勤明けの28日に買物に出かけた。そして一睡もしないまま、2日連続の夜勤をこなしたので、翌29日はもうヘロヘロ、疲労困憊で一日寝てしまった、というわけだ。

ちなみに買物に行った先は、南大沢のアウトレット。ほんとは御殿場のプレミアムアウトレットに行きたかった(娘が、ね)けど、日帰りで行くには遠いので、代わりに行ったそこは、新宿で待ち合わせて、電車1本(特急?快特?なら30分ほど)で行けて、南大沢の駅を降りてすぐだから大変便利。だけど、人は少なく、閑散としていたなあ。

買物の後の夕食は、同じく南大沢駅前にある「ミートレア」という肉料理の有名店が集まったフードコートのようなところで食べたのだが、やはり人は少なく、寂しい限りであった。テレビのニュースなんか見ていると、飲食店に客が戻りつつある、かのような報道もされていたが、実際に戻っているのは新宿や渋谷などの繁華街か、新橋や上野などの飲み屋街ぐらいで、つまりほぼ都心部に限られていて、ちょっと都心を離れるとまだまだ人出は少なく、自粛ムードは依然として続いているようだ。

そんな中でなんだけど、30日は忘年会を敢行した。当ブログの掲載元の「一般財団法人 アラドラ」の忘年会である。自粛している方々には申し訳ない。お店は当ブログにしばしば登場している知り合いのイタリアンバー。参加者は「アラドラ」の関係者、だけかと思ったら、同店の常連客も何人か来て思わぬ大人数となった。といっても12、3名ぐらいだが、狭い小さな店だから結構“密”になってしまった。クラスターが起きないことを祈っている。

それでも、私に清掃の仕事を紹介してくれた、公私ともに世話になっている社長も「アラドラ」とは関係ないのに来てくれたし、常連客の娘さんがバイオリンを弾いてくれるという余興もあった。これがまた、こんな場で聴くのはもったいないほど素晴らしい演奏で、余興というのもはばかられるが、そんなこんなで思いがけず楽しい忘年会となった。なにより、こんなふうに皆で集まって飲むこと自体が久しぶりだったからね。

振り返れば、昨年はコロナがいつ収束するやも知れず、一体どうなることかと思っていたのが、年末になってやっと、こうして忘年会なんぞ開けるようになって、よかったよかった。とはいえ、今年もオミクロン株次第では、また逆戻り、の可能性も十分あるわけで、なんだかなあ。果たして、人類はコロナ以前の日々を取り戻せるのだろうか? いや、恐らく100%は不可能だ。たとえ完全にコロナの封じ込めに成功したとしても、災害と同様、コロナの記憶を消し去ることはできない。世界同時多発テロの2001年9月11日や東日本打震災の2011年3月11日のように日付の特定はできないまでも、2020年と2021年はコロナの年として、未来永劫語り継がれることになるだろう。もしかしたら2022年も。

それはさておき、昨年末の30日はそんなふうに楽しい時間を過ごして、ついつい飲み過ぎた、というほど二日酔いではなかったが、翌31日の大晦日はまたもや1日中寝てしまった。起きたのはすでに紅白歌合戦がはじまっていた時間だった。けど、紅白歌合戦にはさほど興味はない。例年ならまったく見ない年もある。しかし昨年の大晦日は、なんとなく、パソコンいじったり本を読んだりしながら、紅白を流し見ていた。他に見たいものもなかったしね。

ところが、久しぶりに紅白歌合戦を見て、ちょっと愕然とした。というのは、紅白歌合戦に出場している歌手も、歌っている歌も、ほとんど知らない人や聞いたことない歌だったのだ。うーん、これはもしかしすると、自分が思っている以上に、世間の流行から外れている、ということなのかもしれない。いや、別にいいのよ。この年になって今更、若者の流行についていこう、などとは思わないから。無理してついていっても、若者たちからはせいぜい痛いオジさんと見られるのが関の山。それはわかっている。

とはいえ、NHKの紅白歌合戦というのは、その年に活躍した人が出場するもの、だよね? だとしたら、知らない人がチラホラいる、ぐらいならしょうがないが、知らない人の方が多い、というのは、もしかしたら流行遅れ、というより、もはや常識外れ、なのではないのか? そんな心配さえしてしまほど、知らない人ばかりの紅白歌合戦であった。いやはや、なんだかなあ。

そしてもう1つ、愕然としたことがある。ここまで書いて気がついたが、せっかくの年末の3連休が、寝て、忘年会に行って、また寝て、それだけで終わってしまった。何もしなかった。年末だから大掃除、は、まあ、はなからやる気はなかった(毎年やったためしがない)けど、ゴミ出しぐらいはしないとまずかろう。洗濯物も食器等の洗い物も溜まっているし、リサイクルに出そうと思って溜めている発泡トレイや紙パック(そういうのは意外にちゃんとやる)も溢れている。が、何ひとつ片付けていない。我ながら呆れるほどなーんもしないまま年を越してしまったわけだが、終わってしまったものはしょうがない。正月の夜勤明けに一つずつ片付けよう。あ、翌日も夜勤だ。果たして、昨年末の片付けはいつになったらできるのだろうか? ということで、最後までダラダラのまま新年1発目の原稿を締めまして恐縮ですが、改めまして、本年も何卒宜しくお願い申し上げます。