下谷七福神巡り

2024年がはじまって第1回目の投稿ということで、遅ればせながら明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。それにしても、新年早々から能登半島で発生した地震と津波。よりによって元旦に起こるとは。自然の脅威というものは、人間の営みなんぞまったく無関係であることを、改めて思い知らされました。お亡くなりになった方々のご冥福と、被害に遭われた方々の1日でも早い復興をお祈りしてます。

また2日には、羽田空港で日航機と海上保安庁の航空機の衝突事故。こちらは幸い乗客は全員避難して無事でしたが、海上保安庁の職員5人が亡くなっているので、幸い、なんて言っちゃダメですね。しかしまあ、新年明けた途端にいきなり大災害に大事故の2連チャン。どうやら2024年は、騒がしい、という言い方は軽々しくていかんな。激震、の年になりそうな予感。東京にもいつかは地震、来るんでしょうねえ、くわばらくわばら。

話は変わって、私の2024年元旦はなんと、「築地本願寺」でカウントダウンでした。いや、たまたまですけどね。お寺でもカウントダウンやるなんて知らなかったけど、ちょうど年明け数分前に本堂へ入ると、椅子がたくさん置いてあったので、座って待ってたら、10,9、8,とはじまった。便乗して3、2,1と数えて、明けましておめでとう!お寺でカウントダウンもいいんじゃない?

築地 本願寺の写真

築地本願寺へは昨年の元旦も行ったが、昨年は大晦日も仕事(介護の夜勤ね)で、夜勤明けに初詣で築地本願寺へ参って、その後、なぜか焼肉を食べたんだっけ。しかもその次の夜勤明けには日本橋の七福神巡りをして、その途中でまたしても焼肉。正月から焼肉2連チャンという年明けだった。というのがまるで昨日のことのよう。1年経つのは、ほんと、あっ、という間である。

しかし今年は、いや、まだ昨年か、大晦日は諸事情によりシフトを明けてもらったので、大晦日の夜に家を出て、八重洲で開いてる居酒屋を探して飲んでいたら、その店の従業員のネパール人に23時ぐらいで追い出されて、しょうがないので少し早めに築地本願寺へ行ったら、たまたまカウントダウンの瞬間に立ち会えたという、運が良いんだか悪いんだか。

その後は、メンバーがなじみの小料理屋でまた飲んで、おせちも少し頂いて、始発の電車で帰宅。あ、その前に「鉄砲洲神社」に初詣に行ったな。でも築地本願寺と鉄砲洲神社についてはすでに過去ブログで書いたと思うので、今回は2日のまた夜勤明けに行った。「下谷七福神巡り」の話をしたい。

そう、昨年の正月は「日本橋七福神巡り」だったが、今年の正月は「下谷七福神巡り」である。なぜ変わったか?については少々込み入った事情があるのでここでは伏せるが、とにかく東京には至る所に「七福神巡り」があるので、日本橋に固執する必要はない、ということは記しておきたい。

たとえば、昨年末、知人に森下の「ぽん太」というもんじゃ屋に連れて行ってもらったのだが、ここはもんじゃ屋だけどお好み焼きが大変美味しく、事前に頼んでおけばレバ刺しなど肉も食わせてくれて、そのどれもが絶品という素晴らしい店だった。またその後に行った「魚三」というカウンターだけの居酒屋がじつにシブい老舗感満載で、これはたまたま通りすがりに見つけて入った店だけど、後になってかなりの有名店であることを知った、という話ではなかった。その「ぽん太」という店の真ん前にあった深川神明宮という神社でも「深川七福神巡り」をやっていた、という話である。

「深川七福神巡り」もいいじゃん。来年の正月はこれにしよう、と皆で話していた。が、いざ行くとなると、深川という地には馴染みがなく、七福神の場所を調べるのもめんどくさい。その点、「下谷」は駅でいえば「鶯谷駅」と「入谷駅」の近辺。「鶯谷」は言わずもがな最近ハマっている「鶯谷飲み」のホームグラウンドだし、「入谷」も三ノ輪在住の私にとっては隣駅で馴染みはある。従って、下調べなしにぶっつけ本番で行くなら「下谷七福神巡り」だろう、ということで、2日の夜勤明け、12時に「鶯谷」駅前に集合した。

「鶯谷」駅北口改札の真ん前には、過去ブログにも登場した「信濃路」がある。ここで一杯ひっかけてからスタート、したかったが、あいにく満席だった。さすが、人気店である。仕方がないので酒も飲まずに(当たり前か)1社目の「元三島神社」へ。ここは社が「信濃路」の上にあって、「鶯谷駅」からも見えるが、入口、というか参拝口はぐるっと回った反対側。周囲にラブホテルが建ち並ぶいかがわしい雰囲気の中に神聖な神社があるのが面白い。

「元三島神社」は、弘安の役(1281年の元寇襲来ですね)の折、勇将河野通有が四国の大山祇神社に必勝祈願して出陣し、神恩加護のもと武功を挙げて帰陣したところ、夢中に神のお告げを得て、大山祇神社を武蔵国の上野山中に鎮座申したことに始まる、とされている。大山祇神社は四国というより、しまなみ海道の途中の島にあって(島の名前は忘れた)、私もずいぶん前に行ったことがあるが、そりゃあものすごい、大変な歴史を持つ神社ですぜ。

ここで祀られているのが「寿老神」である。今回は「七福神巡り」だから神様に注目しないとね。「寿老神」は延命長寿の神で、中国道教の神、または老子の化身の神、ともいわれている。手にした杖に結びつけられた軸物は人命の長寿を記した巻物で、伴っている鹿が長寿をつかさどる神使とされる。その畏くも恭しいお姿を拝めば長生きできる、かもしれないが、すいません、写真を撮るのは忘れました。こりゃ長生きできねえな、ワタクシ。

ちなみに「元三島神社」では、石段を昇る前に、なんというのか知らないけど藁でつくった大きな輪っかがしつらえてあり、これをくぐってからお参りするとご利益があるとか。しかしそのくぐり方は独特で、知らなければ、まず、正しいくぐり方はできない。見たところ、そのくぐり方の説明はどこにも書いてなく、みんな適当にくぐっている。ところが我々は、正しいくぐり方を知っていた。えっへん。というのは、前日に行った「鉄砲洲神社」にも同様の輪っかがあって、その正しいくぐり方を、お守りや破魔矢など売っていたお姉さんに聞いたから。どうだどうだ、って、そんなもんで威張ってもしょうがないか。

続いて2社目は、かの有名な、恐れいりやの鬼子母神。通称「入谷鬼子母神」である。有名だけどじつは私は行ったことがなくて、今回初めて足を運んだのだが、思ったよりもずいぶん狭いな。ここで朝顔市なんかやっているはずだが、そのときはもっと奥を開くのかな?まあ、それはいいか。「入谷鬼子母神」で祀っているのは、人望福徳の神である「福禄寿」。中国の道士(仙人)で、その姿は短身、長頭、多髪で杖に巻物を結び鶴を伴い三徳具備の相を現している、そうな。これはちゃんと写真撮ったが、後で見ると、そのお姿はよくわからないな。私の写真が下手、というか、事前にこうした知識をちゃんと頭に入れておいて撮影しないからこうなる。正月早々反省。短身、長頭はともかく、多髪であるなら、しっかり拝んでおけば、私の薄毛も少しは改善したかもしれないのに。

続いて3社目へ。行く前に、東京メトロ日比谷線「入谷」駅近くの「川セ美」という居酒屋でちょっと休憩。この店がよかった。たまたま入ったにしちゃ、当たり、だった。私はこの店の前を定期的ではないものの、わりとよく歩いて通りがかるので、この店の存在は知ってはいた。が、表から伺う限りでは熟成魚やジビエ料理が売りのようで、さほど興味をそそられず、そもそも入る機会がなかったのだが、今回初めて入って、まず酒の品揃えに感心した。とくに田酒など1つの銘柄で純米や山廃などの飲み比べができるのが気に入った。料理も美味しく、刺身も新鮮で、普通に居酒屋としてのレベルが相当高い。また1つ、いい店を発見したなあ。次の鶯谷飲みのときは入谷まで足を伸ばして、またこの店に来よう、と思った。


かくして、ちょいと休憩のつもりが、結構ガッツリ飲んで食べて、その後に向かったのが、「小野照崎神社」。じつはここは「下谷七福神巡り」には入っていない。御祭神が七福神のどれかではなく、芸能、学問、仕事の神として知られる小野篁公(おののたかむらこう)で、江戸後期にはあの菅原道真公も遷された、というのが入っていない理由と察せられるが、七福神巡りの途中に立ち寄るにはうってつけの場所にあるのと、なにより、あの渥美清がここに通い、願掛けをした直後に、「男はつらいよ」の主役に抜擢された、というエピソードもある、霊験あらたかな神社として有名だから、ここは外せない。七福神よりむしろここが今回の目玉と言ってもいい。ただし、願掛けには必ず、何かを断つ、のが必要。たとえば渥美清は、禁煙を誓ったそうだ。もしアナタが願掛けするとしたら、何を断ちますか?

ちなみに「小野篁公」は、平安初期に実在した政治家・貴族で、和歌は「小倉は百人一首」に参議篁として収録されるほどの腕前を誇り、漢詩は「日本の白楽天」と称された、当代きっての学者であり、文才は天下無双。なおかつ、188㎝の巨躯で武芸にも秀で、法律にも精通、参議という国の要職も務めた政務能力を乞われ、夜は閻魔様の副官として働いた、という逸話が多くの書に記されているという。まあ、閻魔様の副官うんぬんはともかく、それほどの才能が、人間の限界を超えた多動の神として「小野照崎神社」の御祭神に奉られた、ということだろう。いうなれば、圧倒的な才能が生んだ“芸能の神”であり、人間の限界を超えた“仕事の神”でもある。と聞けば、一度参拝したい、と思いません?

また「小野照崎神社」には関東大震災、東京大空襲という2度の大火を免れた本殿をはじめ、重要有形民俗文化財に指定されている「富士塚」、もとは「長左衛門稲荷」と呼ばれ、当社が上野照崎の地より遷る前から下谷坂本の地の地主神として祀られた「織姫・稲荷神社」(恋愛と仕事を結ぶ、むすびの神様として信仰されているそう)、故藤沢秀行棋聖を顕彰した「強烈な努力の碑」など見どころが多く、「まゆ玉みくじ」や「幸せみくじ」も人気だとか。いや、これらは後で知ったことだけどね。当日はなんも気にせず。ただ参拝だけして帰ってきたが、もっとじっくり境内を見て回るべきだった。これぞ後の祭りならぬ御祭神。まあ、事前に下調べもせず、後で後悔するのはいつものことだが。2024年も全然成長してねえな。

前述した通りこの「小野照崎神社」は「下谷七福神巡り」には入っていないが、そう固いこと言わずに、「小野照崎神社」を3社目と数えて、次の4社目はそのすぐ近くにある「法昌寺」へ。ここでは日蓮聖人が現世安穏を祈願して開眼されたという「毘沙門天」とともに、たこ八郎改め「たこ地蔵」も参拝。たこ八郎って、ボクサーからコメディアンになり、たしか海で溺れて死んだんじゃなかったかな?そのたこ八郎の化身というか、奉ったというべきか、言い方はわからないけどとにかくたこ八郎の「たこ地蔵」がここにあるので、興味のある方はぜひどうぞ。必勝開運の軍神「毘沙門天」とたこ八郎のダブルパワーで勝ち運がつくかもよ。

そして5社目の「英信寺」では、弘法大師御作と伝えられる「三面大黒天」。右に弁財天、左に毘沙門天の3つの顔を持つ大黒様で、“オンマカキャラヤーソワカ”と唱えれば、ほんとうの有福(心の豊かさ)を育ててくださり、出世・開運・商売繁盛等のご利益も授かる、あたたかい御尊体だとか。これは今回巡った七福神の中で一番はっきり写真が撮れた(正面の大黒天だけだけど)ので、ご参照くだされ。

というわけで、今回の「下谷七福神巡り」はこれにて終了。え?まだ5社だろう、って?はいはい、わかってますよ。「元三島神社」→「入谷鬼子母神」→「小野照崎神社」→「法昌寺」→「英信寺」と巡ってきて、「小野照崎神社」は七福神には入ってないから、あと3社、「弁天院」(朝日弁財天)、「飛不動尊」(恵比須神)、「寿永寺」(布袋尊)が残っている。けど、今回はパス。だって、この3社はちょっと離れているんだもん。そんなことでいいのか、というお叱りの声も聞こえますが、いいんです。それぐらい適当でいい加減な方が、我々らしいでしょ?

とは言ったものの、でも、ご安心ください。「英信寺」の後、鶯谷駅へ戻る途中に少し遠回りして、「御行の松不動尊」を、さらに、その通りにあった「永稱寺」(えいしょうじ)へ、時間ギリギリに飛び込んで参拝。これで寺社の数だけは7つ揃えて、めでたし、めでたし。一同満足至極で鶯谷飲みへと突入した。2024年のスタートとしては上出来である。

あ、「御行の松不動尊」と「永稱寺」の説明はもういいですね。調べたら色々出てはくるけれど、今回も文章長くなったので、割愛して、鶯谷飲みの話も手短に。鶯谷駅前まで戻って来たら、まずは恒例の業務スーパーでマヨネーズその他の買い物。これは予定通りできたが、もう1つの恒例である“「鶯谷園」で断られる”(詳細は過去ブログ参照)は、残念ながら「鶯谷園」が休みだった。まあ、正月だからしょうがない。

では、「信濃路」にでも行きますか。と思ったが、覗くとまだ満席だった。昼からずっと満席である。繁盛しているなあ。まあ、他は正月休みの店が多いから、年中無休のこの店にみんな集まって来るんだろうな。仕方がないので、というより、店を探すのが面倒になって、結局、以前も行った「ダンダダン餃子」へ。ここで、私の娘が合流した。前日誘ったら、忙しい、と断られたが、当日になって、夕方から暇になった、とLINEが来たので、呼び出した次第。まあ、年齢高めのオジサンたちと話が合うはずもないが、お年玉目当てで来るのは分かっていたので、貧乏の身には辛いが、お年玉をあげた。娘はこの春就職が決まっているので、その祝いの意も込めて。

ダンダダンの次は、店名はわからないが、たまたま見つけた昭和歌謡酒場、のような店へ、どういう流れでそうなったかはわからぬが、足を踏み入れた。そこでディープな鶯谷界隈の中でもとびきりディープな体験が待っていた。薄暗い地下へと続く妖しくもオドロオドロシイ階段を恐る恐る降りれば、そこには昔のキャバレーのような、場末のスナック感もある空間が広がっており、ステージと呼べるのかわからないが、公衆の面前に出てきて立ってマイクを握り、上手いかどうかは別として、まるで歌手のように歌っている人がいる。歌に合わせて踊っている人もいた。

おお、まだこんな店があるんだなあ、というのが第一印象。カラオケボックスが普及する前は、みんなこういう店で歌っていたんだよな。で、我々も1曲ずつ、私も恥ずかしながら1曲歌った。すると間もなく、オジサンDJが現れてディスコタイム(という言葉もレトロだね)がはじまり、客がゾロゾロ前に出てきて、踊り始めたではないか。これには参った。歌ぐらいはいいが、踊りは性に合わぬ。若干1名、我々のメンバーの中で嬉々として踊っていたヤツがいたけど。

そしてこのディスコタイムが長い、長い。早く終われ、と念じながら座っている我々をあざ笑うかのように延々と続く。とうとうしびれを切らし、ディスコタイムがチークタイムへと変わるタイミングで店を出た。いやあ、参った。さすが、都内有数のディープスポット・鶯谷である。まあ、これも経験だ。多分、二度と行かないけど。

ということで、今回はこれにて。いや、2924年明けて1発目のこの稿、もっと早く、それこそ新年早々にでもアップするつもりが、いつものことだけどつい遅くなって申し訳ありません。次回はなるべく間を置かずにアップする所存ですので、改めまして、本年も何卒よろしくお願い申し上げます。ではまた。