入れ歯

歯

いや~、まだまだ先だと思っていたのに、もうアレとはねえ。もうそんな歳になった、ということかなあ。アレについては、仕事では見慣れてはいるし、人がつけているのを洗ってやったりもしているけど、当然ながら、自分がつけるとなると話は違うわけで、まったく抵抗がない、と言えばうそにはなるけど、まあしょうがないな、という気がしないでもないような、段々慣れてくるにつれ気にならなくなってきたような……。

と、なにやら奥歯にものが挟まったような言い方をしておりますが、実際にいま、ワタクシ、奥歯にものが挟まっています。なのであえて、奥歯にものが挟まったような言い方をしてみましたが、奥歯にものが挟まった感じは伝わりましたでしょうか?

何が奥歯に挟まっているかと申しますと、そうです、タイトルに書いちゃったんでもうお分かりでしょうが、「入れ歯」です。別の名を「義歯」ともいいますが、そう呼んでいる人は、私の周囲にも仕事場にもいませんねえ。まあ、ギシ、って言いにくいし、聞きとりずらいし、それよりは、イレバ、の方がわかりやすいですからね。

それにしても、還暦まであと1年と半分ぐらい、その歳で「入れ歯」をするようになるとは、自分では思ってもみなかったけど、世間一般的にはどうなんでしょう?早いのか、遅いのか、だいたいそれぐらいなのか、ぜひ知りたい。皆さんの「入れ歯」デビューは何歳ですか?と聞いて回りたいぐらいである。ていうか、そういう調査の統計なんかないのかな?

そう思ってネットで検索してみると、次のような一文を見つけました。以下引用:「厚生省が平成28年に行った歯科疾患実態調査結果によると、部分入れ歯を入れる人は、少数ではありますが35歳以上から出てきます。35~40歳で1.6%、50代に大きく数値があがり6.3%、50代後半で10%、65歳を超えると3割以上になります。総入れ歯になると50代に出てきて0.9%、65歳を越えると10%ほど、75歳以上の後期高齢者になると2割以上の人は総入れ歯になっています。」

なるほど、35~40歳で入れ歯デビューする人は、いるのはいるけど、わずか1.6%と少数派。50代で大きく数値が上がるとはいえ、まだ6.3%。50代後半でやっと10%ですか。やっぱり少ないんだなあ。総入れ歯にしても、50代は0.9%、65歳を超えるとやっと10%、75歳以上の後期高齢者でも2割以上と、意外に少ない。

ちなみに、私が働いている介護施設では、ほとんどが総入れ歯である。入れ歯をしていない方が珍しい。でも、まあ、ここの平均年齢は多分80歳を超えているから、そんなもんでしょう。

ハブラシと歯磨き粉

けど、私が思うに、介護施設に入るような人は、入れ歯の割合が多いのではないか。なぜなら、若い頃からきちんと歯を磨く習慣があり、歳をとっても自分の歯で噛める人は、たいてい自立できるので、介護施設には来ない。逆に若い頃から歯磨きがおざなりで、早くから入れ歯になったような人は、その他の生活習慣もだらしないことが多く、そういう人に限って、まだ若いのに自分の世話ができなくなり、介護施設を頼ってくる。

つまり、まだ若いのに介護施設に入るような人は、歯磨きをはじめとする生活習慣がだらしない、と言っていい。偏見かもしれないが、私は自分が世話をしている入居者たちをみて、そう思う。逆に、入居者の中にも毎日きちんと歯を磨く人が少数ながらいるが、そういう人は施設にいてもボケず(認知症にならず)、しっかり意識がクリアである。

という話をすると、じゃあ、まだ50代なのに入れ歯をしているお前は、生活習慣がだらしないんだな、と思われますよねえ。はい、どうやらそのようです。自分ではちゃんと歯は磨いているつもりだったけど、実際問題、部分入れ歯とはいえ、入れ歯をするようになってしまったからには、ちゃんとできてなかったんだろう、と、認めざるをえない。その他に生活習慣についても、だらしない、と言われれば、思い当たることは多々あります。まあ、男のひとり暮らしなんてそんなもんですよ。と、開き直りつつ、入れ歯になるまでの経緯を振り返ってみたい。

最初は、よく覚えていないが、離婚して一人暮らしをはじめて3,4年経った頃だろうか。歯の詰め物がとれて、そのまま放っておいたら、ズキズキと歯が痛み出した。詰め物がとれたところからばい菌が入り、虫歯になったようだ。仕方なく、近所の歯科医院に行った。

ところで、歯科医院って、どこにでもたくさんあるよねえ。私の最寄り駅である東京メトロ日比谷線「三ノ輪」の駅前にも、そんなに大きな駅じゃないのに、ざっと4,5軒はあるし、昨年9月にオープンした私の店「Mr.Spice」の周辺でも見かける限りで3軒もある。中にはやっているのかわからない歯科医院もあり、どうやって運営しているのか心配になるほどだ。歯医者の心配なんかしないけど。

かなり以前の話だが、まだライターとして食っていけてた頃、とある週刊誌で女医のリレー連載を担当したことがある。これは各分野の女医たちに、読者からの悩み相談という形式でインタビューし、記事にするというもの。その女医たちの中に歯医者さんがいた。彼女からも歯に関する話を色々聞いたが、なにしろずいぶん昔のことで、なんにも覚えていない。

ただ1つだけ覚えているのが、「歯科医院の数って、コンビニよりも多いんですよ」という彼女の言葉。それだけ競争が激しい、ということだ。今はどうかしらないけど、多分、今もそう変わってはない、と思う。歯医者さんも大変だねえ。

話を戻す。歯の詰め物がとれたらすぐ歯医者へ行けばいいものの、そこはものぐさでなおかつ病院嫌いの私、虫歯になるまで放っておいて、痛み出したところでやっと歯科医院へ駆け込んだわけだが、そのとき行った歯科医院を選んだ理由は、よく覚えていないが、恐らく、直観。といえば聞こえはいいが、まあ、なんとなくよさげかな、ぐらいのものだったと思う。

で、行ってみると、設備もちゃんとしていて、先生も優しそうだった。虫歯の治療も2,3回で済んだし、新しい詰め物もすぐできた。なんの問題もなかった。もしかしたら腕の良い歯科医だったかもしれない。しかし、そこはそれきりで終わった。その後、4,5年ぐらい経って、また同様に詰め物がとれ、歯が痛み出したときは、別の歯科医院へ行った。

その理由は、虫歯の治療のとき、あっさり神経を抜かれたからだ。歯の痛みをとるために神経を抜く、というのは、普通に行われている治療である、というのは後になって知ったが、そのときの私は、神経を抜いても大丈夫なのか?と不安だった。できれば神経は抜かずに他の治療で治してほしかった。というのは、私の高校時代の友人で、後に歯科医となり、現在は開業医として福岡で自分の歯科医院を営んでいるヤツがいるのだが、そいつの歯科医としてのポリシーというか方針が、できるだけ自分の歯を保存しましょう、というもので、私もその考えに賛同しているからだ。

まだ私が大学生で福岡にいた頃の話だが、九大病院で親知らずを抜いたことがある。現在は別の場所に移転してしまったが、当時、九大病院は福岡市内の箱崎という地にあって、私が下宿していたところのすぐ近くだった。なので歯の治療は歯医者ではなく、九大病院の歯学部へ、というのは当たり前の選択だった。近いし、大学病院という安心感もあるしね。ところが、これが大失敗。先生は診察するなり、ああ、これは親知らずを抜いたほうがいいですね、と言ったが、それはまあしょうがない。問題はその先だ。

九大病院に限らずどこの大学病院でもそうだと思うが、大学病院というのは研修医がたくさんいて、一般の患者でも治療を研修医に教えながらやるケースが多々ある。それをやられると、まるでモルモットというか、自分が研修医のための教材になったようで、正直気分は良くない。そのときも先生は、研修医に教えながら私の歯を抜いた。いや、先生が抜くならまだいい。あろうことか、先生は研修医にやってみろ、と言い、そのいかにも経験なさそうな見習い研修医が、まだおぼつかない手つきで、私の歯を抜こうとするではないか。

歯科の写真

そして案の定、なかなか抜けずグリグリと口の中をいじられ、それでも結局抜けず、先生が代わって抜いた、ように記憶している。その痛みたるや、とんでもねえ、というのは大袈裟だな。痛みなんかのど元過ぎればなんとやら、ましてや私の学生時代といえば遡ること40数年、そんな昔の痛みはさすがに覚えてない。けど、ひでえ目に遭った、という記憶はいまだに残っている。

その話を例の後に歯科医になった同級生にすると、彼は、なんだ、オレんとこにくればよかったのに、と笑った。彼もまた研修医として九大病院にいたのだが、同じ研修医でも彼はすでに一般の患者の診察や治療をやっていて、ちゃんとした歯科医となっていた。というか、もしかしたらそのときもう研修期間を終えていたのかもしれない。

というのは、私は留年を繰り返す劣等生だったから、同級生はみんなとっくに社会に出ているのに、私だけがまだ学生、という時期が長くあった。つまり私の在学中に同級生が歯科医の研修を終え、一人前の歯科医になっていた、ということもありえた。まあそれだけ私の学生生活が長かった、という恥ずかしい話であるが。

というわけで、親知らずを抜いた後もなんだかんだ歯の状態が良くなかった私は、その歯科医となった同級生のところ、つまり九大病院歯学部へ通い、診てもらうようになった。結構な頻度で行ったと思うが、行く度、その治療費というか診察料の支払いが、信じられないかもしれないが40円とか50円とか、高いときでも100円いくら。それぐらいしか払った記憶がない。ほとんどタダみたいなもんだ。大学病院とはそんなものなのか、彼が特別に安くしてくれたのか、それはわからない。

その後、私が上京してかなり長い間連絡も途絶えていた間に、彼は開業して福岡市内の千早という地に立派な病院を構えた。その名を「田辺保存歯科」という。病院名にわざわざ「保存」という言葉を入れたことからもわかる通り、できるだけ自分の歯を保存する、という治療方針が人気を呼び、なんと半年先まで予約がとれないほどの知る人ぞ知る名病院となっているらしい。

歯を保存するには口内環境が大事であり、よい環境を保つためには「乳酸菌」が有効である。ということで、彼は歯医者としての仕事や病院経営の傍ら、某製薬会社と共同で乳酸菌を使ったタブレット(飴)を開発し、独自に販売も始めた。そのとき、私は某夕刊紙の記者だったので、頼まれて取材し、記事にしたことがある。

しかしその記事の反応はイマイチだったようで、取材は1回きりで終わってしまった。ひとえに私の力不足でお役に立てず申し訳なかったが、その取材を通じて私も口内環境を整える乳酸菌の大切さを知り、彼の「歯を保存しよう」という方針に賛同した次第。もし私が上京せず福岡にいて、彼の歯科医院に通っていたら、今でも自分の歯を保っていただろうし、入れ歯になることもなかっただろう、と思っている。

えーと、ずいぶん話が逸れた。東京でひとり暮らしをはじめて3~4年経った頃、1軒目に行った歯医者で神経を抜かれたので、歯医者を変えた、という話であった。しかし、その後またしても詰め物がとれ歯が痛み出したので、2軒目に行った歯医者も、ダメだった。神経を抜くどころではない。あっさり歯を抜かれた。なるべく歯は抜きたくない、などと言っても聞く耳もたず、有無を言わさないかんじで抜歯された。

まあ、聞く耳もたない、とか、有無を言わさず、というと病院に失礼だな。そこは1軒目よりも設備が充実している様子で、ちゃんとレントゲンを見ながらきちんと説明は受けた。けど、結局は、これはもう抜くしかないですね、と、結論ありきで、反論の余地はないかんじだったので、やはり私にとっては、無理やり抜かれた、という感覚しかない。

このとき抜かれたのは、左側の一番奥の歯だった。親知らずはすでに両方抜いているので、これで普通の人より歯が1本少ない、ということになる。歯が1本少ないとどういうことになるか。という説明はあまりないまま、インプラントを勧められた。今なら半額ですよ、だって。

半額っつたって、1本37万のインプラントが半額の18万5千円!そんなの払えるわけないじゃん、貧乏人の私に。ということで、一応、考えます、と返事だけしてそそくさとその歯科医を後にし、その後は二度と行かなかった。病院側も、こいつには無理だろう、と思ったらしく、その後なんにも言ってこない。

かくして、左の奥歯が1本少ないまま、年月は流れた。その間、とくに不都合はなかった。人間、歯が1本少ないぐらい何の問題もないな。と思っていた矢先、またしても、今度は右側の奥歯が痛み出した。考えてもみればオレ、虫歯多いな。やれやれ。

それが昨年の末頃の話である。すでに品川区戸越に私の店「Mr.Spice」をオープンしており、毎日ではないが結構な頻度で通っていたから、歯医者へ行くなら今度はこの辺りで、と考えた。ウチの近くよりも店の近くの方が通いやすい。

店の最寄り駅は東急大井町線「戸越公園」だが、都営浅草線「中延」駅からも歩いて7,8分と近く、乗り換えの都合上、私は「中延」駅から店へ向かうことが多い。その途中に歯科医院がある。「やまとや歯科医院」という。レンガ造りの立派な戸建ての2階、設備も良さそうだけど、住宅街で人通りの少ない路地にあるせいかあまり繁盛していない、もとい、いつも混んでいない。

歯科医院は「戸越公園」の駅前商店街沿いにもあるが、なんとなく「やまとや歯科医院」のほうがよさげな気がして、試しに飛び込みで訪ねてみた。普通なら電話などで予約しないと入れない、だろうが、そこはいつもヒマそう、いや、混んでなさそうなので、電話もせずに通りすがりに飛び込んで、あのー、予約とかしてないけど大丈夫ですか?と恐る恐る言えば、ちょっとお待ちください、と美人の受付嬢が対応してくれ、さほど待たずに入れてくれた。

口元

そして治療にあたってくれたのが、意外に若い青年の歯医者さん。院長らしき年配の歯医者もいて、その息子なのかどうかは知らないが、飛び込みなので文句は言えない。が、ちょっと話すとすぐに、その若い兄ちゃん先生が私の店の客であることが判明。何度か食べに来てくれたらしい。そりゃ良かった。治療を受けることが営業にもつながる、なんてめったにないことだろう。

ただし、ここでもやはり、歯を抜くしかない、と言われたのはもうお察しですね。もしかしたら、抜きたくない、とゴネていたら、なんとか抜かずに済む方法を考えてくれたかもしれないけど、ここでもレントゲンを見せられ説明を受けると、前の病院での前例があるからもう諦めの気持ちと、左の奥歯がないんだから右の奥歯も抜けばバランスがとれるかな?というよこしまな考えと、何より、私の店の客でもある兄ちゃん先生にあんまり無理は言いたくない、というその気持ちが一番強かったかな。こういうとき、ついつい良い人を演じてしまう見栄っ張りの私、あっさり抜くことを承諾。抜いた後に入れ歯をつくる、という提案もさほど抵抗することなく受け入れた。

ほんとは抵抗ありありだったけどね、内心は。だって面倒臭いし、もう老人になったようで、嫌だし、ねえ。それでも、何もせずそのままでは良くない、と力説する兄ちゃん先生にほだされた、というよりは、保険が効くので費用的には最善の方法だ、という言葉に納得した。ただし、当初は奥歯の右と左をつなげて一体化した入れ歯をつくる予定だったが、型をとってみると、私の口内に骨が突起している箇所があり、それが邪魔して左右の入れ歯をつなぐことができないらしい。ということで、左右別々に入れ歯となり、その分少し費用がかさんだようだが、まあたいしたことはなかった。1本7千円、2本で1万4千円。

それまで入れ歯の値段の相場なんか知らなかったが、後で調べると、まあ相場並み、むしろ安いかもしれない、ということがわかり、ホッとしている。つけた具合はどうか、というと、やはり最初は、冒頭にも書いた「奥歯にものが挟まった」感が強かったが、いまではすっかり慣れた。普段はつけていることを忘れて過ごせている。寝る前に外し、朝起きるとつけるのはやっぱり面倒臭いけど、それも今のところは毎日ちゃんとやれている。入れ歯をつけたまま寝ることもたまにはあるけども、まあ問題はない。人間何にでも慣れちゃうもんだんだなあ、ということで、今回は入れ歯デビューの話でした。ではまた。