故・中村哲医師を偲ぶ

アフガニスタンの水事情

先日の深夜、夜勤中にテレビを見ていたら(仕事中にテレビつけっぱなしの職場なんです。ほんとはダメかもしれないけど)、NHKのBS放送だったと思うが、たまたま「中村哲医師の73年の生涯」みたいなタイトルの番組をやっていた。リアルタイムではなく再放送だったけど。

中村哲医師といえば、ご存知の方も多いだろうが、パキスタンやアフガニスタンで長年にわたり医療活動に従事。とくにアフガニスタンでは、医療活動ばかりではなく、農業用の用水路まで完成させ、約10万人の農民が暮らしていける基盤をつくったとして、現地では大変尊敬されている人である。

しかし、不幸にも2019年12月4日、アフガニスタンのジャララバードで何者かの襲撃を受け、亡くなった。残念でならない。あれだけ現地の人々に尽くした人が現地で殺されるなんて、つくづく世の中というのは理不尽なものだ、と、当時ニュースを聞いて憤慨したが、その中村医師の生い立ちからはじまり、医師としての歩み、そして海外での医療活動の実態等を丹念に取材。学生時代の旧友など関係者へのインタビューも交えた、さすがNHKというべき壮大なスケールの番組で、思わず仕事を忘れて見入ってしまった。

番組の内容は要するに、中村医師の偉業を讃えるもので、同時に志半ばで凶弾に倒れた中村医師への追悼の意も込められていたようだが、亡くなって1年半以上過ぎたこのタイミングで追悼番組が再放送されたのは、恐らくニューヨークの同時多発テロ、いわゆる9・11から20周年に合わせてだろう。あれがきっかけで米国のアフガン攻撃がはじまるなど、アフガンで活動していた中村医師とは関係があるといえばある、からね。

折しも、つい先日アフガニスタンで設立した(でいいのかな?)タリバン政権の下、アフガニスタンの首都カブールの壁画に描かれていた中村医師の肖像画が消された、というニュースが話題となった。これについては後日、タリバン政権は無関係だと発表。我々は中村医師を尊敬している、襲撃犯については調査中だ、とアピールしていたが、真相は闇の中。犯人が捕まることは、多分、ないでしょうね。

じつはこの中村医師、私事で恐縮だが、私の郷里の母校を卒業しており、つまり私にとっては高校の先輩にあたる。なので、かねてよりその存在は知っていた。立派な人がわが母校の先輩にいるもんだなあ、と思っていたが、その活動についてはなんとなくしかわかっておらず、亡くなったときの報道で初めてその詳細を知って、遅まきながら尊敬していた。

そして先日、たまたまではあるが、再放送されたテレビ番組で改めて、その人となりや信念をつぶさに知り、感銘を受けた次第。いや、つくづく、すごい人である。惜しい人を亡くした、などと軽々しく言ってほしくない。もはや、人類にとっての損失、といっても過言ではないほどの偉人を、私たちは亡くしてしまったのだ、とさえ思う。

うろ覚えだが、番組の中で、中村医師が書き残した「この大自然の前では、人間は泥水の中を這い回る虫けらのようなものだ。そして私も、その虫けらの一匹に過ぎない」というような意の言葉があった。多くの人々の命を救いながら決して謙虚さを失わない中村医師の人柄が表れている。また、ろくな設備もない中で、痛みに苦しむ患者を延命させることがいいのか悪いのか、と悩み、それでも、誕生日か何かのお祝いのケーキを嬉しそうに食べて笑う顔を見て、やっぱりこれでよかった、とホッとする、そんな人間臭さも中村医師の魅力だろう。

そんな中村医師が、「100の診療所より1本の用水路」と言いつつ、自らも土木作業に加わって完成させた用水路は、福岡県朝倉市の山田堰をモデルとし、総延長25kmを超える。最初は現地の人からも相手にされなかったが、次第に作業に加わる人が増えていく。生活のため傭兵になり戦地へ赴いていた若者が戻ってきて、銃を鍬に持ち替え、用水路建設に汗を流す。その様子は見ていると感動さえ覚える。人のためになる仕事、とはこういうことを指すのだろう。翻って我が身を顧みれば、自分のことだけで精一杯、人のために、なんてこれっぽっちも思ってこなかったわが半生が恥ずかしく、穴があったら入りたい、という心境になった。

そこまでアフガニスタンのために尽力したにもかかわらず、アフガニスタンで凶弾に倒れた中村医師。だが、日本で行われた追悼式で弔辞を読んだ中村医師の息子さんは、「まずはじめに、父を守り、父とともに亡くなった運転手や警備員などアフガニスタンの方々の心よりお詫びをお悔やみを申し上げます」といったような意のこと言った。これはなかなか言えることではない。中村医師はアフガンに殺された、と思うのはどうやら思慮が浅すぎるようだ。なにより、中村医師自身はアフガンに殺された、などとはつゆほども思っていないだろうし、そう思われて一番悲しむのは中村医師だろう。報復は憎しみの連鎖を生むだけだ。私たちにできるのは、アフガニスタンで敵を討つことではない。逆にアフガニスタンの平和と繁栄を願い、できることをやることだろう。中村医師の意思を継いで。