『燃えよ剣』(前編)

坂本竜馬

先日、たまたま空いた時間つぶしに、久しぶりに本屋へふらりと立ち寄り、文庫本のコーナーを冷やかして歩いていたら、平積みしてある本の中にふと目にとまったのが、司馬遼太郎の『燃えよ剣』。おお、懐かしいなあ。これ、めっちゃ面白かったし、土方歳三が痺れるぐらいカッコいいのよ。司馬遼太郎の数多ある著書の中でも、『竜馬がゆく』と並ぶツートップの傑作である、と、個人的に思っている。それぐらい好きな作品である。

しかし、書かれたのはずいぶん昔。今の若い人にとっては多分、古典のような感覚であろう作品が、なぜ今ごろ本屋で平積みに? と思ったら、どうやら近々映画化されるらしい。調べてみたら(例によってネットで検索しただけだけど)、映画『燃えよ剣』は10月15日公開予定。監督・脚本:原田眞人、出演:岡田准一、柴咲コウ、鈴木亮平、山田涼介、伊藤英明他。「新選組」土方歳三の知られざる真実を描く、歴史スペクタクル超大作! だそうで。

これは期待できそう、と思う反面、またコケるんじゃないの、との危惧もなくはない。というのは、「新選組」を映像化した作品は映画やテレビドラマなどさまざまあるが、その大半はコケるか、たいして面白くはなかった(あくまで個人的感想です)。とくにひどいのが三谷幸喜。彼はコメディをやらせたらとても面白い脚本家だけど、「新選組」が大好きみたいで、好きなあまり、よせばいいのにこれまでいくつか「新選組」をテーマにした作品を発表している。が、悪いけどどれも全然面白くない。どころか、はっきりいってひどい。大河ドラマもがっかりだったなあ。私が思うに、彼は「新選組」への思い入れが強すぎて、本人が描きたいものと視聴者が観たいものがズレているんでしょうな。

かように、「新選組」は好きだけど、映像化すると面白くない(もう一度念押ししておきますが、あくまで個人的感想です。異論反論あればどうぞ)という思い込みがある。極論をいえば、「新選組」は読むもので、観るものでない。というわけで、「新選組」の映像化はあまり見ていないが、「新選組」関連の書籍はこれまで結構読んでいる。世の中に「新選組」について書かれたものがどれほどあるのかは知らないが、まあ、普通の人よりは多く読んでいるんじゃないかな、と、密かに自負している中で、私のイチ押しを挙げるなら、浅田次郎の『壬生義士伝』『輪違屋糸里』『一刀斎夢録』の3部作かな。浅田次郎は言わずもがなの有名作家だから、ほんとはあまり世間に知られていない作家を挙げて、通ぶりたいのはやまやまだけど、やっぱり、「新選組」を語るうえでこれは外せないでしょう。とにかく他を寄せつけぬ圧倒的な面白さ。3作とも涙を流しながら読んだなあ。改めて、浅田次郎は流石である。

『壬生義士伝』は、それまで近藤勇や土方歳三、沖田総司らの影に隠れ、脇役の一人に過ぎなかった吉村貫一郎という人物を主役に据えたことで、「新選組」の歴史(文学的な意味の歴史ね)における転機となった、と言っても過言ではない。世に「新選組」ブームを再燃させた作品である、とも思う。それ以前はやや書き尽くされた感がなきにしもあらずであった「新鮮組」だが、いやいや、まだまだ掘り起こす余地はある、と、刺激を受けた作家も多いと思うし、私も作家ではないけれど、若い頃に比べやや薄れていた「新鮮組」への興味を、再びかき起こされた作品として思い出深い。

『輪違屋糸里』は、あの時代、闘っていたのは男たちだけではない、刀とは違う武器を持って、必死に闘い生きた女たちの目から見た新たな「新鮮組」を感動的に描き、これも涙なしには読めない力作。『壬生義士伝』と『輪違屋糸里』はともに何度か映像化もされていて、私が観たのは、中井貴一が吉村貫一郎役を演じた『壬生義士伝』の映画と、上戸彩が糸里を演じた『輪違屋糸里』のこれはたしかテレビドラマだったと思うが(間違っていたらごめんなさい)、どちらも原作を超えるまではいかずとも、「新鮮組」の映像化にしてはまあま面白かった、と記憶している。やはり原作に力があるからだろう。

『一刀斎夢録』はまだ映像化はされていないようだが、これは斎藤一という通好みの人物を主人公に、著者お得意の全編語りで、これまた知られざる「新鮮組」のもはや魔力とさえ言うべき魅力を見せつけるとともに、晩年、「ありゃあ鬼だよ」と恐れられた斎藤一の妖気漂う、ゾクゾクとするような世界観が見事というほかない。

ちなみに、あくまで勝手な推測だが、浅田次郎はどうやら、坂本竜馬を斬った真犯人は斎藤一ではないか、と睨んでいる、ようなことをどっかで書いていたのを読んだ記憶があって(あやふやな記憶なので違っていたらすまん)、僭越ながら私もその説に賛成である。坂本竜馬惨殺の現場を検証した文献は結構あるようで、私も高知の「坂本龍馬記念館」(ここでは竜馬ではなく龍馬)で見たことがあるが、竜馬を絶命させた額の切り傷が、まさに斎藤一の得意としていた居合の切り痕で、しかも左利きまで一致している、らしいですよ。まあ、歴史のミステリーですな。

と、まあ、「新鮮組」について語り出したら止まらなくなるけど、キリがないのでこのへんで。と思ったけど、ちょっと待て。あと1つ、「新選組」といえば思い出したことがあるので、もう少しだけ書きます。え?また文章長過ぎだろうって? じゃあ仕方がない。今回このブログは前編と後編に分けて、この続きは後編で書かせていただくことにします。というわけで、後編に続く。