警察詐欺

こういうのを流行りと言っていいのかわからないけど、ひと頃、“振り込め詐欺”とか、“オレオレ詐欺”というのが流行りましたね。「オレだけど、カバンを失くした。お金を振り込んでくれ、というのはすべて詐欺です。すぐ電話を切って、警察に通報してください」とは、私が通勤時に乗るバスの車内で流れていたアナウンスである。

しかしそのアナウンス、気がついたのは最近になってだが、いつの間にか、「警察を名乗る詐欺電話が増えています。警察です。犯人の容疑がかかっています。銀行口座と暗証番号を教えなさい。といった電話は詐欺なので、絶対に教えないでください」とかなんとか、正確には覚えていないがそういう意味のアナウンスに変わっていた。

ということは、今の詐欺電話は、オレオレ、などと身内になりすますのではなく、「警察です」といって警察になりすます、いわゆる警察詐欺とでも申しましょうか。これが急増中らしい。詐欺件数や金額も一向に減らないどころか、逆に増えているというし。海外に拠点を持っていた大規模詐欺グループの摘発、といったニュースもあったよね。

で、ここからが本題だが(いつもより本題に入るのが早いな)、なんとこの警察詐欺電話、じつは私にもかかってきたんですよねえ。驚いたことに。いや~、こういうのは高齢者を狙ってくるもんだとばかり思っていたら、まさか私に。まあ私も若い人からみたら立派な高齢者なので、かかってきても不思議ではない、のかもしれませんが。

はじまりはNTTからの電話だった。電話に出ると、自動音声で「こちらはNTTです。あなたの携帯電話から重大な問題が発生しました。至急連絡してください。さもないと携帯電話の使用を停止します」とかなんとか、正確には覚えていないけどそんな感じのいかにも重大事っぽい音声。心当たりがあれば何番か忘れたけど番号を押してください、とよくある音声案内で、言われた通りに押すと、すぐオペレーターにつながった。声の感じではまだ若い、物腰柔らかそうな、言葉遣いも丁寧な男性だった。

彼が言うには、私の携帯番号から迷惑メールが大量に発信されている。このままでは使用を停止さざるをえない。もしあなたがやっていないのであれば、なりすまし、と考えられるので、警察に被害届を出さなければいけない。緊急事態なので、お望みであればこの電話を警察へ転送できるが、どうしますか?だって。

今考えれば(以下、この「今考えれば」というフレーズが何度も出てきます)、現在私が使っているのはauなので、NTTからそんな電話があるはずはない。また、どんな事情であれ、NTTから警察へ転送なんてまずしないだろう。その時点で鋭い人ならすぐ詐欺とわかる。今考えれば。しかし、普段から頭の回転はニブいほう、ましてやその時は寝起きで頭が働かず、またauに変える前は長らくNTTドコモを使っていたことあって、コロリと騙された私、疑いもせず警察への転送をお願いした。

すると彼は、「これから私が申し上げる内容をメモしてください」と言った。そして一字一句正確に警察に伝えるように、というので、素直にメモをとる私。なにしろ警察沙汰だし、重大事っぽいし、こういうことも必要なのかな?などと考える間もなく。

そのメモが以下。

①NTTカスタマーセンターから連絡あり、携帯電話の不正利用について聞きました。

②第3者に携帯電話を不正契約されたため、本日中に被害届を発行してください。

③個体?識別番号は632―510です。

メモが残っているからなんかの識別番号までわかるわけだが、それにしても、それらしい番号まで用意して、しかも彼はちゃんと「上田です」と自分の名を名乗り、わざわざ「担当者名を聞かれたら、上田、とお伝えください」と申し添える念の入れよう。これが詐欺だとは思えないよねえ、この時点では。

そして「お待ちください」と言われ、そのまま待っているとすぐさま、間髪入れず「警察です」と電話に出たのが、押し出しの強い感じのしわぶき声の年配の男性。聞きようによっては威圧感さえあり、警察と言った後に自分は刑事だと言い直したが、声だけ聞けばいかにも刑事らしく、単純な私は彼が刑事であることに何の疑いも持たず、ただただ素直に彼の話を聞いて、質問に素直に答えた。単純というより馬鹿ですな。

その刑事っぽい彼もきちんと「木村です」と自分の名を名乗り、こう説明した。私になりすました犯人は、秋田県のドコモの店舗で、私名義で携帯電話を契約した。電話番号は080・5581・3582。と、番号まで教えてくれ、その番号から大量の迷惑メールが送信されている。本来なら被害届は現地の警察へ出さなければならないが、なにぶん遠方であることから、特例として、この電話で事情聴取した後、被害届として受理してくれるという。

というわけで色々と聞かれたが、私は秋田県にはほとんど行ったこともなく、身内も知り合いも皆無なことから、事情聴取はすぐ済んだ。すると刑事っぽい彼は、照会にかける、と言い、無線っぽい感じで誰かと応答をはじめた。私の氏名や生年月日などを読み上げ、「こちら○○、どうぞ」とかなんとか、まるで映画やドラマを観ている、いや、聴いているようであった。今考えれば、このやりとりをあえて聞こえるようにやったのも、本物だと信じさせる手の1つだったんでしょうなあ。手の込んでいること。

するとここで、重大な問題が発覚(彼曰く)。なんと、現在調査中の巨額詐欺グループのメンバーに私の名前が挙がっている、というではないか。たまげるよねえ、本当だったとしたら。「いいですか、よく聞いてください。たった今から、単なる事情徴収では済まなくなりました。あなたには現在調査中の詐欺事件の犯人の容疑がかかっています。つまりあなたを重要参考人として、取り調べなければならなくなった、ということです」と、それまでとはちょっと口調も変え、重々しく言った。

なんでもその詐欺事件とは、総額数百億円にも上る大規模なもので、そのうち400万円があなた名義の銀行口座、つまり犯人が私になりすましてつくった銀行口座に振り込まれている、という。ここで鋭い人なら、私名義で不正契約されたのは携帯電話という話だったのが、いつの間にか銀行口座に話がすり替わっていることに気がつくであろう。が、もちろんニブい私がそんなことに気付くはずもない。それからはじまったあれこれとまるで身上調査のような質問にハイハイ、と正直に、馬鹿みたいに答えていった。

焦点は、犯人がどうやって私の身分証明書を手に入れたのか?その1点に尽きる、ということぐらいは私にもわかるが、そう言われても実際、私には身に覚えがなーんにもない。運転免許書もマイナンバーカードも保険証も失くしたことはないし、クレジットカードを不正利用されて停止したことはあるが、それももうずいぶん昔の話である。どこをどう突っつかれても、何も思い当たることがない。

すると木村と名乗る偽刑事、業を煮やした、という感じでもなく、自然と話は私が現在使っている銀行口座について、「言いにくいかもしれませんがこれも調査なので正直に答えてください」と前置きしつつ、現在の残高や最近の取引額などを事細かに聞いていった。感心したのはその際、わざわざ、というか、今考えれば、あえて、「口座番号や暗証番号は絶対に口に出さないでください」と言ったこと。こりゃホンモノだ、と思いません?

まあ最初から詐欺だとはゆめゆめ思ってなかった私、その一言ですっかり本物の刑事だと信じで疑わず、すっかり安心して銀行口座の残高などすべて馬鹿正直に伝えた。持っているすべての口座を全部。

そうして一通り聞き終わった後、木村偽刑事は、何か調べることでもあるのか、いったん電話を切り、また午後にかけ直す(そのときは午前中だった)、という。そして電話を切る前にくどいように言われたのが、「あなたには守秘義務がある。たとえ家族や身近な人にも絶対にこの話をしてはいけない」とのこと。

なぜなら、誰かに話すことで、捜査の攪乱や隠蔽につながる可能性がある、とかなんとか、これはメモしてないので正確には覚えてないが、そういう意味のことをくどくど言った木村偽刑事、次に、「念のため、そのことをあなたの口から言ってください」だって。大変重要なことだから、と。

そう言われて、改めて、とんでもなく重要な事件に巻き込まれているんだなあ、と実感させられた私、そこでも素直に言われたままをたどたどしく復唱すると、木村偽刑事はさらに、「いいでしょう。ポイントは、これが未解決事件であること、です。まだマスコミにも知られていません。いずれニュースになってビックリするでしょうが、今はとにかく、あなたが重要参考人であることを誰にも知られてはいけないのです」と、念を押された。今考えれば、口止め、だな。

その後、午後になり、指定の時間ぴったりにかけ直してきた木村偽刑事。そういうところも、忙しいだろうに、大変だよなあ、とますます私を信用させたが、話自体はそれからさほどの進展はなく、私が「これから仕事だ」と言うと、「また明日かけ直す」と言って電話を切った。しかし翌日、電話はかかってきたものの、電波が悪いようで声は聞こえても話はできず、何度かかけ直してきたが通じないまま、やがて音信は途絶えた。

ちなみに、秋田県警の代表電話だという018・863・1111なる番号を聞いていたので、こちらから電話をかけてもよかったのだが、そうしなかったのは、あることに気がつき、どうやらこれは詐欺ではないか、と、遅まきながら気がついたからだ。

それが何かというと、木村偽刑事からかかってきた電話の着信履歴に、「ベリーズ」と、恐らく中南米の国名が記されていたこと。これを見て、ようやっと、ニブイい私もさすがに、詐欺だ、と気がついた次第。それにしても、手が込んでいるというか、芝居が上手いというか、登場人物は2人だが、2人とも揃いもそろって迫真の演技。これは騙されるよなあ。私なんかすっかり本物と信じて疑わなかったからね。って、感心している場合じゃないか。

しかし、そこまで手の込んだ詐欺を仕掛けておきながら、なぜ、途中であきらめたのかどうか知らないが、最後のお金を引き出すところまで行かずに連絡を絶った(=手を引いた?)のか? 私が思うに、その理由はきっと、私の銀行口座の残高があまりに少なかったから、だろう。

過去ブログでも書いた通り、私はアルバイトの傍ら品川区の戸越公園で「Mr.Spice」というインド・スリランカ料理店を経営しているが、開店して1年以上経った今なお赤字垂れ流し。アルバイトで稼ぐ自分の給与をつぎ込んでなんとか店を維持しているような状態だから、毎月支払いに追われる私の銀行口座は常にギリギリ。店を経営している身としては危ういどころか、個人としてもいい歳した大人の貯金にしては少なすぎる額しか口座には入っていない。それが逆に良かったのだろう。詐欺側は私から口座残高を聞き出したところで、たったこれっぽっちのお金を騙しとっても割に合わない、と、判断したんだと思う。これは貧乏が功を奏した希少な事例、といえなくもない。

というのが今回、私にかかってきた警察詐欺電話の顛末である。まあ、未遂に終わった、つまりお金は取られずに済んで、よかった、よかった。けど、途中まで、というか、着信履歴で詐欺だと気づくまでは完全に信じていたからなあ。もし詐欺側が最後まで続けていたら、もしかしたらお金をだまし取られたかも。気をつけないとなあ。皆さんも、詐欺にはくれぐれもご注意ください。ではまた。