忘年会

忘年会

早いもので、商店街なんか歩いているとクリスマスソングが聞こえてくる季節ですな。夜はあちこちでネオンが輝き、カップルがイチャつく時期でもありますが、例年だと、こうしたクリスマスムードや夜景なんざ、ケッ、あっしには関わりねえことでやんす、と指をくわえて、もとい、斜に構えて見ていたものだが、今年に限っては、去年がコロナですべて吹っ飛んだだけに、どうかこのムードがいつまでも続きますように、と願わずにはいられない。間違っても第6波とか、来なくていいからね。

まあ、私は多分、今年も例年通り、クリスマスも正月も関係なく働いていることでしょう。けど、休める人は休んで、お金のある人は大いにお金を使って、せっせと経済を回してくらさっせ、と、ひねくれ者の私でさえ、素直にそう思う。貧乏暇なし、とよく言うけど、休みなく働かなければならない貧乏人(私も含めて)が、遊んでいる人を妬まず、逆にもっと遊んで、お金を使ってくれ、などと思えるのは、今だけだろうなあ。これはコロナという大不幸中の幸い、といえるのかも知れない。ささやかな幸いだけど。

いや、そういうふうに思えるのは、まだ仕事があって働けているからだ、という声もあるだろう。コロナで失業したりして、本当に切羽詰っている人は、他人に対してそんな優しい見方はできない、でしょうね、きっと。そう考えると、今は「仕事があるだけまし」だと思わなければいけない時代、なんだろうね。貧乏人はそう肝に銘じて、頑張って働きましょう。クリスマスも正月も。

そしてもう一つ、この季節の風物詩的なものとして挙げられるのが「忘年会」である。クリスマスなんか関係ない私にとってはこちらの方が断然身近なのだが、とはいえ、言うほど多くの忘年会に参加してきたわけではない。本業のライター業はフリーランスだから忘年会なんかないし、取引先の会社の忘年会に呼ばれることもほぼなくなった。そもそも忘年会に呼ばれるほど親密な関係を築いている会社がもうないからね。バイト先の職場でも、フリーターまで呼んでくれる忘年会は、ないよなあ。

そんな私が、毎年恒例のように忘年会に参加していたのは、某夕刊紙の編集部に契約社員として勤めていた時代である。2000年から2010年ぐらいまでのほぼ10年間、ここでは契約社員も正社員と同じ仕事をしていた(もちろん給料は全然安いが)ので、忘年会にも当たり前のように、否応なく参加していた。所属していたのが広告局ということもあって、会社全体の忘年会とは別に部署ごとの忘年会もあったし、仲間内での飲み会も多かった。それでも、私はクリエイティブ(ちょっと格好つけて言いました)だったからまだ少ないほうだったが、営業の人はそれこそ、忘年会シーズンともなると連日連夜、1日に2つ3つの忘年会をはしごすることもあった、ようだ。

しかし、今振り返れば、そういう時代だった、ということで、今はそんなにやってない、と思いますよ、さすがに。今は営業でも接待して仕事をとるという時代でもないだろうし(今でも変わらないところもあるかもしれないけど)、そもそも出版業界はずーっと不況だし。去年はコロナでどこも忘年会は自粛しただろうけど、もしかしたらこれをきっかけとして、コロナが収束した後も、出版業界では忘年会という習慣は消滅するのではなかろうか。

でも、その某夕刊紙を辞めて(正確に言えばリストラされて)フリーランスとなり、所属する団体がなくなったから自然と忘年会もなくなった私からみれば、年に1回のことだし、忘年会という習慣は、悪くはない、と思いますがね。まあ、色んな職場があるにせよ、普段は仕事の話しかしない人と、酒を飲みながらプライベートの話をする機会があるのはいいことでしょう。たとえそれが、フリーターの集まりで、人のことは我関せず、チームワークなどとは無縁のクソのような職場(どことは言いませんが)であったしても。

かくかくしかじかで、ここ5~6年ほど前からどこからも忘年会の誘いがなくなった私は、誘われないなら自分でやろう、というわけで、清掃の職場で私が幹事(というほどでもないが)になり、忘年会(新年会になったこともあったが)を何回かやった。といっても、ご多分にもれず結構入れ替わりの激しい職場だから、集まるのはせいぜい3~4人ほど。忘年会というほどでもないか。

集まる店は、例の私の知り合いのイタリアンバー。じつはここのマスターも、私が紹介して同じ清掃のバイトをしていた時期があり、集まるメンバーとは顔見知りである。だから飲み会をやることで同店の売り上げに協力してあげよう、という主旨もあった。が、マスターはさすがに店の経営と夜勤のバイトとの両立は難しかったようで、1年ぐらいかな、長くは続かず辞めてしまった。そしてコロナ禍があり、昨年はさすがにその忘年会は自粛した。店もコロナで休業したし。

そして先月末、ご存知のようにコロナが大分下火になったことで、休業していたそのイタリアンバーもリニューアルオープンした。そのことを職場で話すと、だったらお祝いしよう、と、いつもの固定メンバーから声が上がり、先週、また同店で飲み会を開いた。名目はあくまでそのイタリアンバーのリニューアルオープンのお祝い、だけど、時期的に、早めの忘年会を兼ねて、ということでよかろう。誰も一言も忘年会とは言わなかったけど、私の中では、早めの忘年会のつもり、の飲み会とあいなった。

それにしても、今回は私が音頭をとらずとも、職場のみんな(固定メンバーは3~4人しかいないけど)が自発的に集まってくれたわけで、みんな優しいよねえ。マスターがその清掃の仕事を辞めてもうかれこれ2年以上経つのに、こうして集まってくれるのは、もちろんマスターの人柄もあるんだろうけど、それ以上に、ここの職場は、清掃という底辺の仕事にしては、みんな良い人たちだなあ、と思う。前回のブログで取り上げた発達障害(コミュ障)の奴ただ1人を除いて。

ちなみにそのコミュ障は、いつも呼ばないし今回も呼んでない。それは嫌いだから、とか、仲間外れ、とかではない。声をかけても、まず来ない、ことがわかっているから。いやいや、それは声かけてみないとわからないだろう、もしかしたら来るかもよ、と思うかもしれないが、私は断言してもいい。絶対に来ない。自信を持ってそう言える。その理由は、そいつを見ればわかりますよ、としか言えないけど。

そしてじつはもう1人、ここの職場で長く働いているのに声をかけていない人がいる。いや、1回だけ来たことがあるな。でもその後は呼んでない。この人は、ここの職場では唯一私よりも年上で、べつに嫌いでもないので、来るんなら来てもいいのに、何故声をかけないか。その理由は、ずばりLINEを使えないから。

え、それだけ? LINEぐらいで大げさな、と思われるかもしれないが、結構大きな理由ですぜ、私的には。なぜなら、飲み会の日時を決めるときにグループLINEは大変便利だし、たまに仕事の連絡でグループLINEを使うときもあるので、長く働いている固定メンバーには私がつくったグループLINEに入ってもらうようにしている。その人もスマホは使っているのだから、当然、グループLINEに入ってもらおうとすると、そもそもLINEを使ってない、という。会社からの連絡もLINEを使うのに、一体どうやって連絡をとっているのか知らないが、この際だからLINEをはじめるよう強く言っても、頑なにやろうとしない。今の時代にLINEぐらいは使えないと、ダメだよねえ。こういう人を、世間では“情報弱者”と呼ぶんだろうな。

だから、まさかLINEが使えないことに腹を立てたわけでもないが、LINEを使えないばっかりに飲み会にも呼ばれない、という状況をわかってほしくて、あえて声をかけない。まあ、本人はそんなこと全然わかってないと思うが、それ以上はもう知らん。本人の問題だ。べつに仲間外れにするつもりはないが、本人がそんなだから、しょうがないよね。

と、まあ、それは置いとて、飲み会の話に戻る。ここでちょっとした出来事があって、そこからまた別の話へと展開していく。いや、展開していこうか、と思ったけど、また文章長くなったので(いつものことですいません)、続きは次回で。えーっと、そうはいうても、さほどもったいつけるほどの出来事ではない、ことは予め申し上げておきますが、ね。まあ、あんまり期待しないで、次回のブログで、よろしくお願いします。