高速バス(夜行バス)

先日、父が亡くなった。享年90歳。まあ大往生といえなくもないが、昨今は90歳を過ぎても元気な高齢者は珍しくないし、実際いま私が勤めている介護施設にも90歳過ぎの方は何人かおられるので、90歳ならまだちっと早いかな。もう少し長生きしてもよかったかな、という気がしないでもない。

2年前には母が亡くなっている。つまり父は連れ合いを失くした2年後に自らも旅立った、ということになり、この2年間を長いと思うか短いと思うかは人によって分かれるだろうが、私にとってはやはりこの2年はあまりに短く、先に逝った母の後を追うように父も逝ってしまったなあ、という感覚である。この2年で両親が相次いで亡くなってしまった、ともいえる。

女性は旦那が亡くなった後でも元気で長生きするが、男性は伴侶を亡くすと途端に元気を失い、独りではあまり長生きはしない。というのはよく聞く話だが、私の両親もまさにその通りであった。というのは、しかし、じつのところ私が思うに、あくまで結果論であって、私の父の場合はどうやらそれにはあてはまらない、と私はみている。

どういうことか?というと、母が亡くなった後の2年間、いや、没後1年ぐらいは自宅に独りで住んでいたから、正確にいうと直近1年足らずの間、いよいよ父も独りでの生活が困難となり、施設へ入所することになってから、大変な紆余曲折があった、そうだ。

そうだ、というのは、私は東京在住で父の近くにはいないから、後で兄や兄嫁から聞いた話、という意味だが、その経緯というのがとにかく複雑、あまりにややこしくて到底ここには書けない。いつか機会があれば詳細を書くかもしれないが、ここではとにかく簡単に結果をまとめると、父はそのわずか1年足らずで4つもの施設を転々とした。その中には、施設と合わないから移った、というケースもあれば、せっかく気に入った施設だったのに、とある事情で移らざるをえなかった、というケースもあった、そうだ。

最後となった4つ目の施設も、合わない、というか、気に入らなくて、早く他の施設へ移りたい、けど、住民票など書類上の手続きの関係ですぐには移れず、時間がかかっていた最中に部屋で倒れて病院に搬送され、そのまま息を引き取った、というケースであった。

つまり、要するに、もし父が自分に合う(=気に入る)施設と巡り会うことができて、そこでずっと暮らせていれば、もっと長生きできただろう、ということだ。もちろんそれは“タラレバ”の話ではあるにせよ、それまでの経緯をつぶさに辿れば、それはほぼ間違いない。と、私だけでなく周囲の人は皆思っている。

だから兄は、葬式の後に、しみじみとこう言っていた。「今となっちゃ後悔ばっかりだよ」と。あのときこうすればよかった、とか、もっと違うやり方があったんじゃないか、とか、そういう思いでいっぱいなんでしょうね。私だって、なんもしてやれなくて申し訳ない、という気持ちでいっぱいである。

と、ここまで書いておいてなんだけど、今回のテーマはそこではない。なんだ、また長い前置きか、と思われた方、すいません。話はまだ父が生きていた頃、病院に搬送され、ICUで治療するも回復の見込みはなく、延命治療はしない方針なので、意識があるうちに会っておこう、ということで、急遽帰省したときに遡る。もっとも、その時は見舞いに行っても意識はあるようだが会話はできなかった。容体は一時膠着状態。なので一旦東京に戻ることにした、その帰り道での話である。

そのときは、ちょうど、いや、あいにく、繁忙期なのか航空券が非常に高い時期であった。いつも航空券は格安チケットの最安値など比較購入できるアプリで買っているのだが、普段ならだいたい1万円前後、高くても2万円はしない東京発福岡行の航空券が、そのときは正確な価格は忘れたが安くても2万円台後半。時間帯によっては3万円を超えていた(格安チケットは時間によってもずいぶん価格が変わる)

それでも、往路は急ぐから仕方なく、とりあえず東京→福岡片道チケットを、これじゃ全然格安じゃないじゃんか、とブツブツ文句言いながら購入。そして復路は、もしかしたら長期滞在の必要があるかも(そのまま急死、葬式の可能性もあった)、と思いバイトのシフトを少し長めに空けてもらっていたので、時間には若干余裕があったこともあり、往路とほぼ変わらない格安じゃない飛行機ではなく、他の交通手段はないか、と探して浮上したのが、「高速バス」であった。深夜に出発して翌早朝に到着する便が多いから「夜行バス」とも呼ばれる。

高速バス、もしくは夜行バスといえば、まだ娘が小学生だった時分、2人で夜行バスに乗ってUSJ(ユニバーサルスタジオジャパンね)まで遊びに行ったことが何度かある。東京を深夜に出発して翌朝大阪着。直接USJ着の便もあって便利だったし、何より安いのが助かる。しかし、狭いバス車内の窮屈な座席では私は眠れないから、ほとんど一睡もせずにバスを降り、それから昼間1日中遊ぶのだから、いま考えれば、体力あったよなあ。

その頃の夜行バスの東京→大阪が、たしか安いのだと3000円台からあって、体力的にはきついが経済的には驚くほど財布に優しく、重宝したのを覚えている。しかし、その後は時代が変わったのか、何度かあったバスの大事故のせいか、3000円台の格安バスはいつの間にかなくなったようだ。

それからしばらくはずっと、夜行バスを利用する機会がなかったので、3000円台の格安バスが復活して今でも走っているのかどうかは知らなかったのだが、そのとき(父の見舞いの帰りね)、ふと思い出して高速バスの価格を調べてみると、福岡→東京はさすがに3000円台はないが、福岡→大阪ならあるじゃないの。さらに大阪→東京も3000円台のバスがあった。昔とほぼ変わらない価格で復活していた。

なるほど、福岡→大阪→東京と格安の高速バスを乗り継げば、時間はかなりかかるものの、飛行機や新幹線よりはずいぶん安く帰れる。大阪には現在社会人となった娘が住んでいるので、大阪で乗り継ぎのための滞在時間を利用して、娘と会うのもいい。

そう思って娘に連絡したが、その日は用事があって会えない、とすげなく断られた。まあそれはしょうがない。それでも、安さの魅力には勝てず、高速バス(夜行バス)を予約。深夜に福岡を発って翌朝大阪着。大阪で日中を過ごして深夜またバスに乗り、翌朝東京へ。というルートで帰ることにした。

その福岡→大阪までのバスは、最安値ではなく、ほんのちょっと高いが歳を考え、2人掛け4列シートだけど足元広め、ゆったりシート、なるものを予約。足元広めのおかげ、というよりは、通路側の席だったので窓際席よりは窮屈な思いをせずに済み、とくに問題なく翌早朝無事に大阪に到着した。

そして大阪→東京へのバスは、それもまた深夜発なので、大阪で朝から深夜まで丸々時間がある。娘は会ってくれない。若くて元気な頃なら、せっかくだから、と大阪を観光したり、大阪のうまいもんを食べ歩いたりしていただろう。が、今の私にとてもそんな元気はない。それよりも休憩が必要だ。ということで大阪・梅田駅近辺で休めるところはないかと調べ、「うめきた温泉 蓮」という施設を見つけたのでそこへ入り、温泉でゆったり。リラックスルームとかなんとか横になれるスペースもあったのでそこで少し眠り、再び乗車予定の深夜バスに備えて体力を温存した。

そして深夜になり、梅田のモータープールとかいうバス発着所から夜行バスに乗り、東京をめざす。ところが、乗った瞬間にしまった、と思ったのだが、今度は席が窓際だった。安いバス便だと座席指定ができないからね。しかも悪いことに、ゆったりシートでもない、普通の2人掛け4列シートの窓際席。ただでさえ狭く窮屈なのに、あろうことか、そのとき隣に座ったのが、ぽっちゃり体型で眼鏡をかけた男性であった。隣がデブ。これは辛い。

さらにさらに、バスが走り出すと、私の前の座席のヤツがリクライニングシートを倒してきた。車内アナウンスでは、リクライニングを倒すときは後ろの方にお声がけください、と言っているのに、そいつはなんにも言わずにガクン!と、思いっきり、リクライニングってここまで倒れるのか?と思うほど深く倒すではないか。

もちろん私も、後ろの人に声かけてリクライニングを倒したが、それでも目前に迫るリクライニングシートの頭部分の圧迫感が半端ではない。隣にはメガネデブ。そいつはそいつで、肘掛に乗せた二の腕がこっちまでせりだし、触れて圧迫してくる。前も横もギュウギュウである。しかしどうしょうもないのでしばらくは我慢していたものの、最初のサービスエリア(高速バスは途中で何度か休憩のためSAに寄る)までも耐え切れず、このままだと閉所恐怖症のようなパニックを起こしそうな気さえした。叫ぶか暴れるか、の一歩手前であった。が、不幸中の幸いというべきか、そのバスは車内にトイレがあったので、ちょっと失礼、と席を抜け出し、トイレに入った。

トイレから出てもそのまま席には戻らず、周りの人の迷惑は承知だったが、ちょっと具合悪くてすいません、と謝り、しばらく通路に立っていた。このままSAまで行こうか、とも思ったが、まだまだSAは遠そうだ。ふと自分の席を振り返ると、隣のメガネデブもトイレに立ったようで姿が見えない。これは、その間に席に戻れ、ということかな、とも思い、しょうがなく窓際の席に戻り、窮屈なシートに身を沈めた。やれやれ、これでどこまで保つやら。

すると、隣の席に戻ってきたメガネデブが、なにやらスマホの画面を私に見せてきた。そのとき初めて気が付いたのだが、どうやら彼は日本人ではないらしい。多分中国人か韓国人で、外見は日本人と似ているが日本語は話せないらしく、スマホの翻訳アプリかなんかで私との会話を試みてきたようだ。

そのスマホ画面にはこう書かれていた。「お互いの快適のため、席を交換しませんか?」。おお、これは助かる。通路側の席なら足を通路に投げ出すことできるし、囲まれるような圧迫感も窓際に比べれば全然マシ。通路側の席なら東京まで我慢できるだろう。ということで即座に快諾、席を代わった。それにしてもメガネデブ、じつはいい人だったのね。メガネデブなんて言って悪かったね。

まあ彼は彼で、通路側の席だと、窓際席のヤツが立つ度に自分も立たなければならず、おちおち眠れないので、窓際席の方が良かったのだろう。その後、窓際席に移った彼は、SAでも一度もバスを降りず、ずっと眠っていたからね。

そんなこんなで、一時はどうなることか、と思ったものの、メガネデブのおかげでなんとか無事東京まで辿り着いた。教訓として、通路側の席ならいいが、窓際の席はもう金輪際御免である。いくら安くても、もう無理だ。そして安い高速バスは座席指定ができないから、高速バスを利用すること自体、もう止めたほうがいいだろうな。歳も歳だし。

などと思っていたのだが、その2~3週間後、容体は安定したけど意識ははっきりとは戻らず、それ以上の回復は見込めないと判断された父が、延命治療はしない方針のもと、点滴を減らされると間もなく息を引き取った。私は臨終の瞬間には間に合わなかったが、その日の通夜、その翌日に行われた葬式には当然参列。焼香も終わって、さて、東京へ戻るか、でも、飛行機は相変わらず高いしなあ、などと考えていたところまで話は飛ぶ。

父の葬式には私の娘も大阪から駆けつけてくれた。で、大阪まで何で帰る?と聞くと、夜行バスで帰る、という。そうか、もうこりごりだと思った夜行バスだが、娘と一緒なら話は変わる。2人掛け4列シートでも娘と一緒なら通路側に座れるし、隣が娘なら圧迫感もない。それに深夜の出発時間まで、博多で娘と一緒の時間を過ごせる。というのはめったにない、貴重な機会である。

そこで私も福岡から大阪までは娘と一緒に夜行バスで帰ることにして、そこから先は独り、大阪→東京のバスを調べたところ、都合のいいことに、夜行バスではなく、本数は少ないが昼行バスがたまたまあって、これなら大阪での乗り継ぎの待ち時間は3時間ほどで済む。

しかもこの昼行バスは3列独立シート。なのに4000円台。こりゃいいや。それまで3列独立シートは価格が高い、というイメージがあって選択肢には入ってこなかったが、ちょうどいい時間に4000円の3列独立シートのバスがあるなんて、これは僥倖というしかない。

というわけで、福岡から大阪までは娘と2人、親子で夜行バスの旅。大阪からは独りだけど3列独立シートでゆったりのんびり東京まで。結論からいうと、バスにはまったく問題なかった。ところが、今度は私の体調に問題があった。というのは、乗る前に痛風を発症してしまい、右足の親指の付け根が痛み出した。ただ、それはそんなにひどくはなく、多少びっこは引くものの歩けたし、博多駅では娘と2人で酒も飲めた。ビールは控えてレモンサワーにしたが。

そしてその翌朝、大阪に着いてバスを降りると、長時間座ったままのせいか、今度は足首が捻挫したように腫れあがっていて、歩くのもままならない。これには参った。一緒にいた娘が座って休めるところを探してくれたり(結局その時間はマクドナルドしか開いてなかったが)、コンビニで冷えピタシートを買ってきてくれたりはしたが、用事があるといってほどなく帰ってしまい、独りぽつんと残された私は痛む足を抱えてバスを待つ。バスが来るまでの待ち時間がとっても長―く感じた。

そしてようやく乗れた昼行バスは、さすが3列独立シート。健康だったら快適に過ごせただろうが、なにしろ足が痛むので快適どころではない。SAに着いても歩けないからバスを降りれない。仕方なく車内トイレを使ったが、それでもようやっと、痛みをこらえて何とか用を足す始末。いやあ、ひどい目に遭ったなあ。

この足の痛みは、帰京した後もしばらく続き、なかなか治らなかった。少し治ったな、と思っても、仕事へ行けばまたぶり返すの繰り返し。多分、まる2日3日ほどは静養しないと治らないだろうが、仕事は休めない。それまで父の見舞いや葬式などで結構シフトを代わってもらっているから、それ以上休むと迷惑をかけるし、第一、休めばその分給料が減るから休めない、という貧乏人の悲哀がここでも出た。

結局、足が治ったのは一カ月をゆうに過ぎた頃かな。いや、この原稿を書いているいま現在も、普通に歩けはするが、痛みの根っこは残っている、ような気がするから、完治したとはいえない。そもそも今年は、2月に母の命日で帰省し、泊めてもらった兄の家で気を失って倒れたり(多分風呂上りのヒートショックだろうと思われる)、インフルエンザが長引いて咳がいつまでも止まらなかったり、この度の足の痛みも含めて健康への不安が続いている。やっぱり今年は厄年だからかなあ。そういえば今年の正月は、初詣も厄払いもなーんもしなかった。もしかしたらそのせいかもしれぬ。今からでも遅ればせながら厄払いのお参りなどした方がいいのかなあ、などと考えつつ、今回はこれまで。いやはや、皆さんも健康にはくれぐれもお気を付けください。