コロナその2

介護施設での夜勤中に、何の前触れもなく、突然、体の具合が悪くなった、というのが前回の話。前触れはなかったけど、思い当たることはあった。今にして思えば。というのは、この日の朝まで別の仕事の夜勤があって、朝方帰宅したその日の午後にまた夜勤、というスケジュール。しかも、帰宅してから出勤までの間に少しでも眠れたらまだいいが、例によって夜勤明けはほとんど眠れず、睡眠不足も甚だしい状態で出勤しての夜勤連チャンだったから、疲れは溜まっていた。溜まりまくっていた、という自覚はあった。今して思えば。

その別の仕事というのは、いつもの清掃ではなく、新たにはじめたホテルのフロント業務である。はじめた、といってもまだ正式に採用されたわけではない。未経験者はできない仕事なので、トライアルというものがあり、それに合格すれば採用、となる。その日は何回か日中勤務のトライアルを経た後、最初の夜勤であった。つまり、そのホテルで働き出して初めての夜勤、というわけだ。

しかしこれが、予想外、というか、見通しが甘かった、というべきか、とにかく思った以上に大変でねえ。そもそもこのホテルの仕事を選んだ理由の1つに、フロント業務ならさほど体力は使わないのではないか、という勝手な目論見があった。今やっている清掃業しても介護業にしても、結構体力を要する肉体労働なので、もう1つ副業を増やすなら、言い方は悪いが、なるべくラクな仕事がいい、と思ったからだ。

ところが、そんな甘い考えは見事に覆された。いや、トライアルをやってわかったけど、これは思ったよりも大変ですぜ。フロント業務として覚えなければならないことがたくさんある、のは覚悟していたが、それに加えて、雑用がとにかく多い。そのときからイヤな予感はしていたが、夜勤に入ってみれば、そのイヤな予感は的中!というか、それ以上であった。

なんと、夜間帯はフロントを閉めてしまい、ほとんどの時間は雑用と清掃ではないか。雑用はまあ仕方がないにしても、トイレやシャワー室の清掃までやらなければならない。というのは、もはやただの清掃員の仕事だろう。もう清掃はやりたくないからこのホテルのバイトを選んだのに。

その詳細は、いずれまた別の機会で取り上げると思うのでここでは省くが、そういうわけで、そのホテルでは初めての夜勤でやらされた雑用や清掃が、かなり体に堪えた。どんな仕事でもそうだと思うが、とくに肉体労働は、慣れるまでが大変で、慣れてしまえばたいがい平気になる。そのホテルの夜勤の雑用&清掃も、慣れてしまえばどうということはない、と思われる簡単な仕事だが、慣れないから結構しんどいし、汗もかく。体力的に大変なだけでなく、精神的にも辛かった。なぜなら、その夜勤の仕事を教えてくれたのが、ヤなやつでねえ。という話もしだすと長くなるのでまたいずれ。

とにかく、そのホテルでの夜勤を終えたのが朝の8時。腹が減ったので、帰宅途中にあるまいばすけっとで大盛スパゲッティのカルボナーラを買って、帰宅後すぐ食べた。けど、どうもいまいち味がしない。今にして思えば、このときすでにコロナに罹っていたのかもしれない。コロナになると味がわからなくなる、と聞くからね。

しかし、この時点ではまだ、コロナなんぞ夢にも思わず、スパゲッティを食べ終えると風呂に入り、すぐさま寝た。次の出勤時間まで5~6時間ほどしかない。その間に少しでも眠らないと、次の夜勤がキツいぞ、とわかっているのだが、夜勤明けはなかなか眠れないんだよねえ。とくにその日は初めての仕事をした後だから、神経がどこか高ぶっているのか、いつもよりさらに眠れず、ほとんど一睡もしないまま午後3時。重い体を引きずって出勤し、勤務中に突然の体調不良。どうやら、仕事量がキャパシティを超え、体が悲鳴を上げたらしい。

いや、夜勤が明けたその日にまた夜勤、というのは過去何度もやっているから、この日も大丈夫だろう、と思っていたんだけどね。しかしそれは、慣れた仕事だったから大丈夫だっただけ、のようで、慣れない仕事だと途端にこのザマである。情けない。もしかしたら、年のせい、もあるのかも。自分ではまだまだ若いつもりでいても、体は確実に衰えている、ということか。

というわけで、ここからやっと前回の話の続き。夜勤中にやらなければいけない仕事は色々とあるが、その日は必要最低限のことだけやって、ひたすら横になって過ごした翌朝、フラフラしながらもなんとか朝食の準備を終え、記録上では「起床」という作業にとりかかる。要するに寝ている利用者を起こすわけだが、これがもう大仕事。夜の「就寝」よりも大変である。

なにしろ寝たきりの1人と手がかからない1人を除いた全員が、毎日必ず、といっていいほど、「尿失」つまりオネショしている。もちろん「便失」つまり寝グソもしょっちゅうだ。

いやほんと、人間年をとればこんなにも尿や便を垂れ流すものか、と、呆れるぐらい、ひどいもんですぜ。そんな「尿失」または「便失」の始末は、オムツやパットを代えるだけで済めばいいけど、そういうわけにはいかないのは言うまでもない。

たいてい少なくとも3~4人、多いときは車椅子の5人全員がご丁寧にラバーシーツまでビショビショに尿浸しにしてくれて、ときには、いや、しばしば、尿だけでなく便もまみれて阿鼻叫喚。それが日常茶飯事である。そうした尿まみれ便まみれの人を着替えさせて、シーツを交換して、車椅子の人は車椅子に乗せて、フロアへ誘導し、義歯を入れるなど「整容」を行って、それからやっと朝食である。いや、自分でもよくやっているなあ、と、我ながら感心しますよ。それぐらい大変な作業である

この「起床」の作業のとき、私はいつも大汗をかき、ハアハア息を切らせながらやっているが、そんな、ただでさえ大変な作業をこの日、最悪な体調でこなさなければならないとは。いや、まったく、死ぬかと思った。それでも、なんとか、死にそうになりながらも「起床」「整容」そして「朝食」まで済ませた。7時前には早番のスタッフが来る。この日の早番は、昨日も色々と助けてくれたフロアリーダーだったが、私を見るなり「顔が真っ青ですよ」と言った。それぐらい、誰がみても具合が悪いのは明らかだった、ということだ。

そんな私を見かねて、フロアリーダーは、「今日はもう早退したら?」と言ってくれたが、早退したらその分時給が減る。時間給で働く身の悲哀である。だから時間までもう少し頑張ろう、と思った矢先、朝食後の薬を「誤薬」してしまった。利用者1人1人に個別に用意された薬を、飲ませるべき人ではなく、間違えて別の人に飲ませてしまったのだ。

こりゃあかん。これ以上我慢して働いても、かえって迷惑をかける、と思い、やむなく早退させてもらった。さすがにその日は夜勤明けの一杯は自粛して(当たり前か)、真っすぐ帰宅した。しかし、そこですぐ寝る、わけにはいかなかった。辛いことに、ライター仕事(飲食店の取材ね)がたまたまその日の午後に入っていたからだ。まったく、たまにしかない仕事がよりによってこんな日に当たるとは。それでも、この日は店に赴いての取材ではなく、電話取材(関西の店なので)だったのは助かった。

体調は最悪でも電話ならなんとか普通に話せて、無事取材は終了。原稿の締め切りはその翌朝だったので、すぐさま原稿にとりかかる。が、体調が悪いせいでなかなか集中できず、本来なら2~3時間もあれば書ける短い原稿を、一晩丸々時間をかけてようやく書き上げ、翌朝締め切りギリギリで送信。そこで精も根も尽き果て、バッタリ布団に倒れ込んだ。その後の記憶はない。ということは、よく眠れたのだろう。

目が覚めたのは夕方だった。時刻は忘れたが、日が暮れていたのは覚えている。その日も夜勤で、今度は清掃である。清掃の夜勤の出勤時間は夜の23時ぐらい。だから時間的には若干の余裕があり、もうひと眠り、とまではいかないが、時間までゆっくり、横になって過ごす。辛いなあ、行きたくないなあ、と思いながら。

そして時間となり、しぶしぶ出勤。相変わらず体調は悪い。が、まあ、ちょっとは眠れたから大丈夫だろう、と思っていたら、電車に揺られているうち、またしても気分が悪くなってきた。

清掃の出勤時は、三ノ輪から東京メトロ日比谷線の乗り、上野で銀座線に乗り換える。深夜の銀座線はいつも混むが、コロナ以降、上野からならほぼ確実に座れる。この日も無事シートに座れて、いつもならスマホをいじるが、この日は寝た。表参道まで結構時間がかかるので、ゆっくり眠るつもりだった。

しかし電車に乗って間もなく、吐き気のような気持ち悪さがこみ上げてきた。うう、こりゃイカン。途中の駅で降りて休むか。いや、降りたら遅刻する。ここは我慢だ。けど、我慢できるのか?などと逡巡するうち、その気持ちの悪さが胸から頭へと昇ってきて、ぶわっと額から汗が噴き出した。

あれ、この感覚は経験があるぞ。そうだ。いつだったか忘れたが、そんなに昔ではない以前、やっぱり清掃の現場で気分が悪くなって、倉庫でパイプ椅子に座って休んでいるときだった。そのときも急に汗がダラダラ噴き出てきて、足元に水溜まりができたほどだった。

その時を思い出し、座ったまま頭を下げると、その時と同じようにポタポタと汗が滴り落ちる。水溜まりならぬ汗溜まりもできた。銀座を過ぎたあたりで混み出してきた電車内で、私の周りだけ、ぽっかり空間ができているのがわかる。そんなに汗かくほど暑いはずはない(10月下旬だった)のに、異常に汗をかく男がいたら、そりゃあ、それを遠巻きに眺める人の輪もできるわなあ。

ただ、以前の経験から、大汗は一時的なもので、それが収まればいくぶんすっきりする、というのはわかっていたので、逆に少し安心した。大汗かきながら。それにしても、ゲロ吐かなくてよかったなあ。

しばらくすると案の定、汗はひいて少しさっぱりしたところで、表参道に到着。電車を降りて、集合場所に行く。いつもならその集合場所で、立って時間まで待つのだが、この日はさすがに立って待つのは辛いので、倉庫で座って(以前のパイプ椅子ね)待たせてもらおうと、現場の責任者に具合が悪い旨を告げた。すると、「今日は人数足りているから、帰っていいですよ」だって。

なんだよ。ドタキャンすると悪いから死ぬ思いで出勤したのに、そうならそうと早く言えよ、と思ったが、いまさら詮無いことである。それに電車はもうない(終電は出てしまった)し、そこで帰ったら休みとみなされ給料(この仕事では時給ではなく日給)は0となる。せっかく出勤したのだから、その日の分の給料はもらうぞ、と、セコいこと考えながら、とりあえず倉庫で座って時間まで休んだ。というところで、今回はここまで。

あんまり文章長くなり過ぎないよう、1回1回を短めに区切っていく、といいながら、その2回目にしてもう長くなってしまい、申し訳ない。次は気をつけます。にしてもこのコロナのシリーズ、この調子じゃ先は長そうだな。いつまで続くやら、それは神のみぞ知る。なんちゃって。